咲ク夜 ~妄想ライブラリー~
恋愛小説(連載・短編)他。妄想をカタチに・・危険な願望・・ フィクションの中にこそ真実があり!?
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B A B Y  D O L L~第44話~「三十路、本当の自分探しへ」
最終回スペシャル版です
朋乃の自分探しの旅は、これからです。


※この物語はフィクションです。興味のある方は、サラッと読んでみてくださいネ。


B A B Y  D O L L


~第44話~「三十路、本当の自分探しへ」



朋乃は実弟の晴樹の結納式に呼ばれていた。久しぶりに実家の家族全員が集まっていた。朋乃の母が思わずこんなことを言った。
「朋乃は可愛い孫を2人も作ってくれたし、晴樹も28歳適齢期で結婚してくれるし、これで早く孫でも出来ればウチは安泰だわ~」
朋乃はゾッとした。
「自分の子に孫が出来て初めて安泰なのか。早く結婚、早く子供、早く2人目、早く孫を・・・・。どうして女の人生は、こうも急かされるのだろうか」
そして、朋乃は意を決したように母にコッソリ耳打ちした。
「実はね、かなり前から精神病院に通院してるのよ。パニック障害っていう病名でね。でも大丈夫よ、クスリでかなり良くなってきてるから・・」
「ええーっ、それ本当なの? でも見た目は全然元気そうよね~。・・・このことは・・・・、晴樹夫婦たちには内緒にしていてよ。ウチの身内に精神病の人が居るって知ると、晴樹たちに迷惑がかかるから。このことはお父さんにも内緒にしておくから、何かあったら、コッソリお母さんに相談しなさいね。今日は大丈夫よね?」
偏見の塊りのような母のうろたえぶりが朋乃には可笑しかった。今は心療内科とかメンタルクリニックとかソフトな言い方をするところを、ワザと“精神病院”なんて言ってみせたのだ。
「父に内緒なんて言うのは、父から育て方の落ち度を指摘されたくないからよ。別に落ち度なんかではないのだけどね」
朋乃は自分の夫が病気に関して理解を持っていることを改めて有り難く思った。晴樹の結納式は滞りなくソツなく対応し、無事に済ませた。


それから数日後に高尾のお別れ&激励会の日がやってきた。会場は高尾が結婚披露宴をしたイタリアンレストランだ。本来なら子供を連れていくべきではないと思ったのだが、優菜ちゃんだけを連れていくことにした。なぜなら、色々と心の問題を抱えている朋乃の今の状態では、幸せで怖いもの知らずな高尾に気後れしてしまいそうだから、優菜ちゃんが朋乃の“守り神”になってくれそうな気がしたのだ。

会場へ着くと、綾さんが先に着席していた。少し遅れて高尾夫婦が登場した。高尾の夫フランチェスコは、優菜ちゃんを見るなり優しく話しかけていた。
「子供連れて来て、悪かったかしら?」
高尾夫婦も綾さんも構わないよ言って理解をしめしてくれていた。
「ウチも連れて来ようかと思ったけど、未だ乳飲み子だし、上の2人が面倒見るから大丈夫だよってきかないから~アハハ~」
「綾さん、高齢出産って、どう?」
「いや~~、産んで良かったよぉ! 子育ては体力的にはキツいけど、ベビーに癒されまくりだし、幸せをいっぱいくれるわ。パワーも湧いてくるしね。まあ、欲しかったからね・・ホント作って良かったわ~」
「それを聞くと、すごく励みになるわ~!」
高尾が感激にひたってると朋乃が口をはさんだ。
「高尾は子供は? しばらくは作らない派なの? でもなるべくなら早く作った方がいいわよ! 欲しいと思った時にスグに出来るとは限らないのよ」
朋乃は自分の経験から、切実な想いを込めて丁寧にアドバイスをしたつもりだった。すると、フランチェスコがわざわざ英語で返した。
「私たちはこれから新天地へ旅立つのです! 丁寧なアドバイスをありがとう。アナタのおっしゃることはごもっともです。私たちは色んな意味でチャレンジ精神を忘れたくない。これは夫婦で一致している。行き先がなぜ我が故郷のイタリアでなくNYなのかと言うと、イタリアも日本と同じ意外と保守的な国だ。いい年したら、結婚は?・・子供は?・・ホント同じ。うっとおしい(笑) なので、既成概念に捉われず個性的な生き方を尊重する人が多いNYの地を選んだ。どんなことがあっても、二人で乗り越えたい! そのために僕も苦手だった英語を随分マスターしたよ」
高尾は涙ぐんでいた。朋乃はつまらないことを言ってしまったと反省した。かって、自分が言われて散々嫌だったことを、今度は自分が他人に言ってしまっていたのだ。

「いや~~ん、英語なんて綾ちゃんサッパリ分かんないよぉ~! ずるいなぁ~、ねえ、何て言ったのよぉ? そっかぁ~、これからは語学の1つや2つマスターしないといけないのかなぁ~~」
綾さんの言い方が面白く、いっきに場が和んだ。
「朋乃さんは結婚して順調に子供2人を次々に授かって、可愛いお家も建てて、すべてが順調で羨ましいです」
「高尾だって、こんなカッコイくて素敵な旦那様が居て羨ましいわ!」
だが朋乃は内心では
「高尾は“のんき”で甘いわね! 何ごとも努力しないと! 簡単には得られるものじゃないのよ」
と思っていた。
「幸せなんて自分で決めるものだと思うわ! 私、一番下の子を未婚で産んだけど、自分は幸せだと思ってる。 高尾、フランチェスコ! あなたたちの勇気に感服するわ! 2人で手を取り合っていけば怖いものなしよ。こんな幸せなことはないわよ~」
テーブルでは拍手が沸いた。朋乃は、正直、無謀と思える高尾夫婦の計画だけど、30代で思い切ったことをやれる高尾が羨ましいと思い、心から応援したくなった。朋乃はどちらかというと他人から映る幸せを気にするほうだった。しかし、これからは綾さんの考えにシフトチェンジしていこうかと思い始めていた。他人から、どう見られているかばかり気にする人生が少し嫌になってきたのだ。朋乃が化粧室を借りようとしてると、厨房の近くでM男君とバッタリ会った。

「朋乃さんお久しぶりです。朋乃さん、以前よりも何だか柔らかな雰囲気になった感じがします。もちろん、前から綺麗で可愛らしい人だけど、どこか近寄りがたい感じがありました。今の肩の力が抜けた感じ・・とてもイイですよ」
朋乃は目からウロコで驚いていた。こんなことは自分では気がつかないことだったので、じんわりと嬉しくなった。

朋乃も綾さんも其々家族が待ってるため、会は1次会でお開きとなった。朋乃と優菜ちゃんで商店街をブラブラと歩いていると、優菜ちゃんが突然たこ焼食べた~いと、目の前のたこ焼屋さんの前で止まった。
「も~、しょうがないわね。そっか~、パーティでは、優菜ちゃんはあまり食べた気がしなかったのかもね」
朋乃はそう言いながら近づくと、そこで彩香のママがたこ焼を焼いていたのだ。

彩香からたこ焼店の話を聞いた時は想像もできなかったが、目の前に居る彩香のママはなかなか板についていた。彩香のママは朋乃親子を見ると大変喜びし、お代はいらないとサービスをしてくれた。優菜ちゃんは
「今までのたこ焼で一番美味しい!」
と言い、彩香のママを喜ばせた。テーブルでアツアツのたこ焼をほおばりながら、色んな話をした。

近くに彩香の元彼の大貴が働くスーパーがあり、イヤでも噂が聞こえてくること。大貴の嫁が年子で男児ばかり3人目を出産したこと。嫁と大貴の父が最近は険悪の仲であること。嫁がスーパーに口出しするようになり、パート従業員から嫌がられていること。最近、大貴がやつれていること等をまくしたてるように話した。

「女って豹変するよね~! あの嫁だって、昔はいかにも“清楚な良いお嬢さん”って感じだったのに」
朋乃はよくありがちな話だと思いながらも、自分も気をつけようと思い返した。店の前にテーブルが3セットほど置いてあり、周りは高校生たちで埋まっていた。店は高校生たちの溜り場になっているようで、彩香のママを慕ってる子たちが多いとのことだった。
「家に帰りたくない子たちが多いのよ。どうなってるんだ~!最近の家庭は!! 寂しい子たちが多いんだよね。ま、あたしも昔は不良だったし他人のコト言えないんだけどさ~。頼られるのは悪い気はしないけどねぇ~」
彩香のママは現在一人暮らしで、自宅で家出少女たちをかくまってあげたりもしてるのだと言った。
「自分自身も寂しさが紛れるし母親代わりをできるのが嬉しい」
と理由を語っていた。


『海と戯れるセラピー』に通いだして数ヶ月経ち、陽斗くんもかなり良くなって仕上げの段階に入っていた。陽斗くんは、同様の症状の子や発達障害の子たちと浜辺でワークを受けていた。その間、朋乃は早紀先輩とお話をしていたが、早紀先輩がスタッフに呼ばれて席を外すと、本棚にあったパニック障害に関する本を取って読んみた。

原因や治療法、自分で出来る改善方法などが書かれてあった。
「こんな改善方法なんて気休めだわ。これで治ったら医者は要らないって・・」
などと朋乃は思いながら飛ばし読みしていると、とても気になる記述があった。

それは、パニック障害の患者は圧倒的に女性が多く、7~8割を占める。しかも主婦に多い。・・患者と関わる多くは夫や家族である。・・発病で患者に対し献身的になる家族が多い。・・実はそれは、その夫や家族を無意識にコントロールしようとしている病・・。子供の頃、具合が悪いと訴えると両親が非常に優しくなり愛情を独占出来、味を占めたという記憶がないですか?・・・等々。

朋乃はパタッと本を閉じた。たしかに身に覚えのあることだった。
「発病してから夫はとても優しいわ。実は、自分の都合の良いように無意識にコントロールしているのだろうか?でも、朋乃自身はコントロールしているという意識は全く分からない。発病も突然だったし、出来れば早く完治させてしまいたいと思っている。今は調子も良く、クスリも軽いものになったが、クスリが全く要らない日が来るのだろうか・・」
朋乃は不安になった。

帰り道に朋乃は、彩香が彼氏と子供たちで4人連れ立って歩いているのを見かけた。彩香からビジュアルがイイと聞かされていた彼氏の蓮は、朋乃から見ても見とれるくらいのイケメンだった。
「いいなぁ~! あんな素敵なオトコと一緒に歩いてみたいなぁ~」
朋乃は素直に思った。そして、丸山室長のことを思い出した。
「何であんなメタボで不細工な男がイイなんて思ったのかしら? ちゃんちゃら可笑しいわ! ああ~目が覚めたみたい! あはは~。朋乃は、元々ビジュアル重視だったのよ。夫だって良いほうだわよ~・・・昔は! あはは~!」
朋乃は自分で自分が可笑しくなったが、笑える自分は未来が明るいなんて前向きに考えた。彩香のことを想うといつも意欲を掻き立てられる。彩香から“生きるエネルギー”を貰ってるのかもしれないと感じた。朋乃は彩香に感謝の想いを飛ばした。



それから1年が経過した。

朋乃はある中堅の会社で事務職のパート従業員として働いていた。働くことも病院と相談したが、軽い労働ならOKだと許可が出たのだ。フィナンシャル・プランナーの資格を生かして証券会社や生命保険会社もあたってみた。だが、例え“ライフ・プランナー”とかカタカナ職種名が付いていても、結局は外交員をやってほしいということなのである。自分が病気持ちであることを考慮して、闘争心を煽るような職種だけは避けたいと思ったのだ。

それから朋乃は肝心なことに気が付いたのだ。それは、自分が何をやりたいのか決めてないことだった。子育てが一段落がしたらバリバリのキャリアウーマンになると言っておきながら、ではいったい何をするのか!?全くビジョンが無かったのだ。どうやら、実態のないカタチだけに憧れを抱いていたようだったのだ。それに気付いてからは、“自分が何をやるべきか?” これから探していこうと思うようになった。

優菜ちゃんも小学校へ上がり、陽斗くんも元気に幼稚園に通っている。昼休みになり、近くのレストランで彩香とランチを一緒にする約束をしていたことを思い出した。朋乃と彩香の職場とけっこう近いのである。

朋乃は最近、自分のことを名前で呼ぶことを止めた。三十路で“朋乃はね~”は、さすがに痛いと思ったからだ。朋乃は既に自分自身のことを割りと彩香に話すようになっていた。彩香は、朋乃の不倫のこと、病気のことも知っている。彩香とは、いつの間にか無二の親友となっていた。本当に不思議な縁である。

「朋乃さんでも振られることはあるんだね~」
「そんなのよ~。このあたしが!・・だよ(笑)」
「でも、いいタイミングで別れたんじゃないかと思うわ。あれ以上続けていたら、朋乃さんの家庭も壊れていたかもしれないし」
「そうかもね。あたし自身がバランスを保てなくなって、暴走して自滅してたかもしれないわね。自分が壊れるだけなら未だいいけど、子供たちを巻き添えにはしたくないもの」
「あたしなんか特に暴走タイプだから~(笑) でも朋乃さんに阻止してもらったお陰で、あたしの場合は離婚にはなったけど、イイ感じで離婚したと思う」
「M男君みたいなイイ人を傷つけなくて良かったわよ~」
「この間ね、元パパ(M男君)に会ったんだ~。夜の遊園地で子供たちも連れてデートをしたのよ。元パパ、手作りのお弁当まで持って来ててね。美味しかったなぁ~! やっぱプロの料理は違うわ。イタリアに行ってから“楽しく生きること。人を楽しませる喜び”を学んだんだって! 今まで一緒に居た中で一番楽しくって、別れるの惜しい・・って思っちゃったわよ。でも、実は新しい恋人が出来たんですって! だから、もう彼には会わないことに決めたの」
「へぇ~! M男君、良かったじゃない。そうそう蓮とはどうなの? 彩香にしては結構長続きしてない?」
「そうなのよ~! もうかれこれ2年以上にはなるわよ」
「結婚とかは考えない?」
「それがね~、実はあたしがしたくなかったりして~あはは~。今、すごーく穏やかでイイ感じなの。逆に結婚が恐い。結婚したら崩れてしまいそうで・・」
「蓮、学校を卒業してキチンと就職もしたのに~」
「そうなのよ~、蓮の方がむしろその気で・・。最近あたし、コレ飲んでいるのよ。ピルよ! 蓮の避妊が甘くなってきて・・。あたしも生理前にヒヤヒヤするのイヤだからね。でも、ピルって結構いいわよ。ウチみたいなハードな仕事では生理日をずらせるし、生理もすごく軽いしお腹も痛くないの。それなら、もっと早くから飲んでおけば良かったわ。 蓮は未だ若いし、子供つくって色々背負わせるのは可哀想だわ。つくる時は、蓮が心から納得してから~って思ってるの。もう“デキちゃった”だけは避けたい!」
「彩香! 大人になったわね!! 昔と比べものにならないほど成長したわよ~! 前から思っていたけど、彩香の子供たちってホントにいい子に育っているのよね。彩香って、人を育てるのが上手いのかも~。年下の蓮と付き合えるのかしら?・・なんて思ったけど、蓮もイイ子に育ってるし(笑)」
「上手じゃないけど、育てるの・・好きかも~! これは発見したわ。だから蓮と飽きずに育んでいけるのだわ。でももっと早く気づけば良かった・・そしたら離婚しなかったかもしれないのに」
「M男君は勝手に一人で育っていくタイプだから、かえって別れた方が良かったのよ。・・でも、あたしは人を育てるのダメだわ! 子育ても下手だし」
「そんなことないよ~。皆悩みながらしてるのかも。子供から気づかせてもらうことが一杯あるし」
「たしかに~! ウチは陽斗くんが悪くなったお陰で、自分のことで色々気づきを得たし、いい方向へ進んだし。ムダなことなんて何一つないのかもね。あたしがパニック障害になったことも。今だ未だ完治してなくてクスリを飲み続けてるんだけど、今はね、“完璧に治そう!”と考えるより“病気と付き合って行こう”と思ってるの。そう思った方がラクなのよ」
「それで、ダンナさんともイイ感じになっていったんだもの」
「そうなの~。夫には申し訳ないけどね。あたし、もう1度、夫と恋しあえたらなぁ~って思ってるの。出会った頃みたいなのとは違うけど、何て言うか・・胸にじんわりとくるようなね」
「わあ~、いいなぁ~、そういうの~」
「そんなこと言っておきながら・・・実は今日・・・デートなんだけど・・」
「えっ? ダンナさんと?!」
「ううん、会社の男性から誘われたの。ホントは数人と飲み会だったんだけど、他の人たちが急遽キャンセルして、二人っきりになちゃったのよ。その男性は独身でなかなかの男前で素敵な人よ。何だか久しぶりにドキドキしちゃってるの!・・・えっ? ああ~、子供は大丈夫よ! 夫が看てくれるから。・・・えっ? そんな心配じゃない!って!・・・あはは~大丈夫よ。 今のあたしは病気持ちよ。どうしても行動に制限が加わるわ~」
「それがあたしの場合だったらマジでヤバいことになりそうだけど(笑)。ま、今は幸い年寄りばかりの環境で、そういうこともないんだけどね。え~~、でも朋乃さん、気をつけてよぉ~! 恋ってさ、予期せぬ爆弾みたいなものなんだから・・・」

「彩香が心配するほど、自分はオンナとして衰えていない・・ってこと」
朋乃は前向きに捉えていた。
「そんな風に自分を試してみることも時には必要だし、刺激も必要なのかもしれない。多分、その男性とデートしても、やっぱり夫が一番!!と、再確認するだけだろうと思う」
朋乃は強気で思っていた。朋乃と彩香はランチを終えて、それぞれの職場へと戻って行った。

<完>
長い連載、ご愛読ありがとうございました。

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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

B A B Y  D O L L ~第43話~「パニック障害」
未だ最終回じゃないです(笑)
今回を含めてあと2回かしら。ちょっと名残惜しくなってきました(笑)
またまた長いです~


※この物語はフィクションです。興味のある方は、サラッと読んでみてくださいネ。


B A B Y  D O L L


~第43話~「パニック障害」


朋乃は病院のベッドの中に居た。意識はあったが頭がもうろうとしていた。朋乃は突然の激しい発作で道端で倒れ、救急車で運ばれたのだった。自分でも何か起こったか分からないが、今はとにかく生きていることにホッとしていた。しかし、死ぬんじゃないかという激しい恐怖を体験し、今でも怯えていた。そんな時、聞き覚えのある声がしてきた。夫と子供たちだ。

「朋ちゃーん、ああ、良かった~! すげぇ心配したぜ! さっき医者から聞いたよ。心臓も脳波も異常無いってな。命には別状なくて、ああ、良かったよ~! 過呼吸症候群って言うんだって。女性に多いらしく、過労やストレスがマックスになると起きやすいんだってね。 朋ちゃん、ごめんよぉ~! すごい疲れていたんだろうに、気づいてあげられなくって・・。もうさあ・・、仕事なんかしなくていいからさぁ~、ゆっくり休もうよ・・」
夫はそう言ってオイオイと泣き出した。優菜ちゃんは長女らしく
「パパ~、ママ~、大丈夫? もう~、パパぁ~、しっかりしてよぉ~」
と、しっかりとした口調で両親を励ましていた。
「アナタ・・、仕事は?」
「放り出して飛んで来たよ。朋ちゃんの方が大事に決まってるじゃないか!」
朋乃はボロボロと涙が溢れてきた。こんなに朋乃のことを大事に想ってくれてる夫なのに、申し訳ない気持ちになったのだ。しかも、発作の原因と思われるものが単なる疲れではなく、不倫の清算から来る負の感情からだったから、余計に罪悪感にさいなまされた。


夫の助言通り、朋乃はしばらく就職活動は止め家でゆっくり休養することにした。しかし、かえって色々考え過ぎて不安な気持ちがよぎっていた。
「丸山室長は朋乃と別れても、家庭でオメデタイ幸せな出来事があり、別れの辛さをすぐに転化させることができるだろう。それに比べて朋乃は、別れの辛さ喪失感に加えて就職活動もうまく行かず、心はどん底に落ちたままよ」
人は何かで失敗をしたら、別の何かで成功を企み気持ちを取り返そうとするものだ。朋乃は別れの喪失感を、就職の成功で埋めようとしていた。

丸山室長が別れた後も幸せだと思うと、朋乃は悔しくて呼吸が苦しくなってきた。苦しくて苦しくて気が付いたら夫の携帯に電話していた。
「ど、どうしたんだ・・・?」
「助けて! く、苦しい・・」
朋乃はそれ以上言葉を発することが出来ず、その場でうずくまってた。夫の携帯からは、陽斗くんの泣き声だけがけたましく響いていた。夫は朋乃のことが心配で、すぐに自宅へ駆け込んだ。
「アナタ、ごめんなさい。忙しいのに。また、過呼吸の発作が起こってしまったの。もう、怖くて。また死ぬ思いして・・・。でも、しばらく休んだら発作は止まったわ。ごめんなさい。すごく不安なの。そんな時はアナタの声を聞くと安心するの・・」
夫は何度も大丈夫か?と繰り返し言ったが、朋乃の発作が沈静化すると安心して再び出社して行った。それから、3~4日おきに発作が習慣的に起こるようになったが、ビニール袋を口に当てて息を吐くという応急処置で自分で発作を止める方法を覚えた。しかし、いつ発作が起こるか分からないという予期不安から、殆ど外出も出来ず家に閉じこもりがちな生活になった。不安でどうしょうもない時は、夫の携帯に電話をしていた。話せばとりあえず不安は落ち着くからだ。段々とそれが多くなり、1日に10回近くになった。仕事中に頻繁にかかる電話に、さすがの夫も少しイラ立つようになった。

その後、朋乃と夫は心療内科を訪れた。診察の結果『※1パニック障害』と診断された。現在は、パニック障害はクスリで発作を止めることができるそうだ。クスリを貰う為に朋乃たちは待合室に居たが、とにかく患者が多くてやっと座れたのだ。患者の多くは老若男女、パッと見で“病気持ち”は見えない。体格の良いスポーツ選手のような人も居た。心療内科が大盛況になるくらい、心が病んでる人が多い世の中なのだ。

※1 正しくは『パニック・デス・オーダー症候群』。突然、呼吸が苦しくなったり、震えたり、しびれたり、死ぬんじゃないかと思うような恐怖を伴う発作が定期的に起こること。心臓などに異常はなく、精神的な発作で、ストレスなどが原因だと言われる

朋乃は毎日キチンとクスリを飲むようにすると、飲み始めてから1度も発作が起こらなくなった。クスリが効くと思うと恐怖感から開放され、ようやく安心感を得るようになった。だが、根本的な心の問題が解消されたわけではないので、しばらくすると心が鬱々としてきた。再び病院へ行き、抗鬱剤と睡眠薬が追加された。クスリの効果は大きく、飲むと気持ちが安定してきた。

夫は朋乃のことが心配で、買い物なども常に一緒に行くようにしてた。時には、料理や掃除を手伝うこともあった。ついには、職場で自ら降格を申し出て役職を課長から課長補佐にしてもらった。そのお陰で激務から逃れることが出来、比較的早く帰宅できるようになった。そして家事や子育てを手伝い朋乃の負担を軽くしょうとした。朋乃は夫に申し訳なく思ったが、早く帰って来てもらうとやはり安心感があった。

「片方が辛い時は支え合うのが夫婦だよ。気にすんな。実は俺も激務から逃れて助かってる。今までいかにプライベートを犠牲にしてたか分かったよ。朋ちゃん、ホント今までごめんな~! 朋ちゃんがこんなになったの、自分のせいでもあるよ。家庭のこと、朋ちゃんに任せっぱなしだったもんな。これでは朋ちゃんが疲れるの、当たり前だよ。しっかり者の朋ちゃんに甘えていたよ。この病気って、完璧主義で責任感が強すぎる人がなりやすいんだって言ってたし。朋ちゃん、悩みとか愚痴とかあったら何でも話すようにしてよ」
朋乃は
「違うのよ。実は・・・」
と、言いかけたが止めた。夫の優しさに涙が溢れた。朋乃は自分の身勝手さを棚に上げても、この人と結婚して良かったと感激したのだった。

朋乃は不倫していた時のことを思い出していた。朋乃は、丸山室長に癒しを求めていたのかもしれないと思っていた。丸山室長の前では、飾らず自分らしく振舞えていたのだ。
「なぜ夫の前では丸山室長の前のように振舞えないのだろう。“いい妻”を演じてるから? そういえば、子供の頃も常に“いい子”を演じていたわ。そこら辺は、今後の治療の課題であるのでしょう」
朋乃はカウンセリングなども積極的に受けてみようと考えていた。朋乃の発作がキッカケで夫が変わろうとしているので、いい方向へ改善するのではないかと前向きに捉えていた。

「それと、男と女の違いもあると思うわ。男は種をばら撒く性で、女は受け止める性だわ。男はばら撒いてものごとを拡大させることができるけど、女は1つのものを大事に育てる性質。不倫のような不毛の愛でも、温めて育ててしまおうとしてしまうのね」
朋乃の中にはまだ丸山室長への想いが根付いており、簡単には抜き取れない状態であることを認めていた。色んな負の感情が発芽するのである。
「もしも不倫に代償があるというならば、この想いがそうなの?」 
朋乃は簡単には割り切れない想いを抱いていた。


天気の良いある日、朋乃は庭で子供を遊ばせて居ると宗教関係の勧誘らしきオバサンが訪ねてきた。それは“幸せな家庭づくりを推進する”団体だったが、朋乃は少しだけ話を聞いて丁寧に断りを入れた。するとその人は逆上したのか、捨て台詞を吐いた。
「ま! こんな立派なお家に住んで、このご時勢で専業主婦で優雅に子育て出来るなんてゼイタクよね~。いいわねぇ~!」
と、言い去って行った。朋乃は台所から塩を持ち出し撒いた。
「宗教をやってる割には、人間がデキてないわよね~。人の事情も知らないで!! 働きたくても働けない事情の人も居るのにぃ~」
そう思って怒りに震えた。そして、緊急用のちょっと強めのクスリを飲んで心を落ち着けた。何も知らない人から見れば、朋乃は幸せそうに見えるらしかったのだ。


数ヶ月が経って、朋乃はとうとう30歳の誕生日を迎えた。“病気持ち”の状態で迎えることは影を落とすが、夫は早めに帰宅し料理を作ってくれ、子供たちからも手作りのプレゼントを貰い、アットホームでひょっとしたら今までで最も幸せな誕生日だったかもしれないと思ったのだ。

しかし、幸せで穏やかな日々は長く続かなかった。この頃は陽斗くんの様子が変だった。病院に診せると『チック症』だと言われた。顔を歪めたり、やたら首を振ったり、やたら奇声を発したり、動作に落ち着きがないのだ。もともとあまり落ち着きがない方だったが、その度に朋乃は激しく叱責していた。朋乃は、陽斗くんには常にイライラさせられ、必要以上に叱ることが多かった。

朋乃は、自分の育て方が悪いのかと責めて追い詰められて、しばらくは飲んでなかった抗鬱剤に手を出してしまった。夫もこの状況に困り果てていた。そして、とうとう朋乃は早紀先輩の名刺を手にし、電話したのだった。


自然の波の音が心地良いオーシャンビューのオフィスで待っていると、早紀先輩が入ってきた。オフィスの本棚には、メンタル系の本が沢山並べられてあった。
「ココ『海と戯れるセラピー』では、多くのチック症の子供さんを扱い、改善させてきてるわ。だから安心して任せてね。それから、ウチでは子供の病は大人と連動してると考えてるのよ。子供を診るまえに親御さんの改善から始めるのよ。実際、親がかなりの悩み・ストレスを抱えていることが多いわ。親が改善されるだけで、子供にかなり改善が見られるのよ。朋乃さん、まずアナタのセラピーから入りたいわ。大丈夫よココは秘密厳守よ。遠慮なく何でも打ち明けて・・・」

「自分は恥をしのんでここへ来たわ。おっしゃる通り、自分はすごい悩みを抱えてる。心療内科にも通院もしているわ。内心いい気味だと思ってるんじゃない! 昔、アナタの好きだった人を奪って結婚して・・。幸せじゃなくなって・・バチが当たったのよね!」
「そんなこと思っていないですよ。私は上岡課長に勝手に片思いしてただけで、付き合ってたわけではないのよ。だから奪略愛でもないし、アナタの結婚は正しいのよ。そうそう・・・怒りはね、まずドンドン吐き出してね」

すると、今度は朋乃が泣き出した。
「・・・もう、上岡課長じゃないのよ! 課長補佐よ。自分のせいなの・・」
そして、早紀先輩のペースにはまり、不倫をしてたことも打ち明けた。ただし、同じ会社の人であることは伏せ、体の関係があったこともオブラートに包んだ表現で伝えた。そして夫婦生活が途絶えていったこと、夫婦関係についても語った。不妊治療して苦労して子供を作ったこと、再就職がうまく行かないことも話した。もちろんパニック障害であることもだ。

「Mさんとの別れ、とても辛かったでしょう。この手のことで、誰にも打ち明けられず、悩んでココへくる奥様も多いわよ。どうかご自分を責めないでね」
朋乃は、不倫を含む悩みを他人に初めて話したのだ。彩香にもあまり話したことがなかった。それは、負けず嫌いで自分の落ち度を見せたくないとの思いからだったが、話してしまうと、それだけで何だかとてもスッキリした。朋乃はその後も、何度も早紀先輩の所を訪ねてセラピーを受けていた。


ある朝、綾さんから久しぶりにメールが届いた。内容は、高尾が会社を辞めて、夫婦でNYへ渡るそうで、“お別れ&激励会”に来ませんか?というものだった。朋乃は、だいぶ症状が軽くなってきたといえ、独断でOKをせず、病院の判断を伺いに行った。すると、先生からこのような言葉を頂いた。
「だいぶ良くなってきましたね! アナタ自身が治そうと前向きなので、それがとても良い結果に繋がっています。パーティ? そうだね~、気晴らしに参加してみるといいね。ここで難なく楽しく過ごせると、それが自信に繋がるでしょう。普段飲むクスリは少し軽めでもいいでしょう。外出時は、緊急用のクスリを忘れないようにね」
朋乃は病院の先生から褒められたことが嬉しかった。どんどん良くなってきていると何だか前へ進んでいる気がしてきたのだ。それと同時に、陽斗くんのほうの症状もだいぶ改善していった。

夜眠ろうとすると、夫が手を繋がないか?と手を伸ばしてきた。夫の手は温かく、こうしていると心が穏やかに満たされてくる。
「あの・・手を繋ぐだけでいいから・・。こういうスキンシップって大事なんじゃないかと思ったんだ。毎晩、こうしてもいいかな?」
朋乃は嬉しかった。ずっと、一生こうしていたいと思った。

<第43話終わり、44話最終回へ続く>




テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

B A B Y  D O L L ~第42話~「婚外恋愛の終わり方」
ミセスの恋とシングルの恋との違い。
終わったら、普通の家庭での日常が待っている。
そして、次なる目標に向かって果敢に邁進するが・・

※この物語はフィクションです。興味のある方は、サラッと読んでみてくださいネ。


B A B Y  D O L L


~第42話~「婚外恋愛の終わり方」


「実は不倫が奥さんにバレていたそうだけど、それに丸山室長が気づいたのはいつなんだろう。奥さんが打ち明けたのだろうか?」
朋乃には疑問に思うことが沢山あった。
「日帰り旅行を計画するかなり前の日のある夜、妻から『打ち明けたいこといがあるの』と言われた。そして、妻は何か意を決したような顔つきで静かに語ってくれたんだ。まず、子供のこと。ウチに障がいを持った子が居ること、朋乃チャンも知ってただろ。その子が学校でイジメに遭ってるらしく、妻もかなり悩んでいたようだ。『私、もう疲れたわ。アナタの助けが必要なの。すごく必要なの! 私には抱えている問題が多すぎる。その荷物を少し減らしてもいいかしら?』。それなのに、私は外でかなり自分勝手をしていた。私の不倫を妻が知ったら、かなり傷つくだろう。せめて、知られないように・・精一杯気を使った。家庭では、なるべく妻の力になろうとしていた。だが、それがかえって仇になってしまったようだった・・」
「奥さんは、いつぐらいから気づいていたの?」
「朋乃チャンが結婚する前。かなり初期の頃からだった・・・」

「ごめんなさいっ!! 謝らないといけないことがあるの。ひょっとしたら、バレてしまったの・・朋乃のせいかも! 朋乃ね、まるっちの家に電話したことあるんだ・・。付き合い始めて間もない頃。自分がこんなにまるっちのこと好きになるなんて思ってなくて・・、すごく奥さんに嫉妬して。おまけに奥さんって、すごい美人で知的な人って聞いていて、素敵な旦那さんと子供も居て、素敵な一軒家にも住んでいて・・。朋乃が持ってないもの皆持っていたら、すごい嫉妬して苦しくって!! だから、奥さんも朋乃みたいに苦しめばいいんだ!・・って、奥さんに電話で、『アナタの旦那さんには付き合ってる女性が居ます』っていうニュアンスのことを言ったの。もちろん具体的には言わなかったよ。朋乃もバレたら困るからね! 幸せそうな奥さんをちょっと苦しめたかったの!・・ああ、ごめんなさい。こんなことして、まるっちも苦しめることになるのに。それに、あの時は障がいのある子が居るなんて知らなかったから。人の表面だけ見て羨ましがっていたの!」
「実はその話も聞いたよ。でもね、妻はその前から気づいていたんだ。その電話で『疑いが決定的になった』って言っていた。私が朋乃チャンと初めて関係を持った翌日から、私の様子がいつもとかなり違うようで、すぐ“何かある”ってピンときたんだって。女の勘ってヤツよ。異常に優しくしてたのがかえって怪しいって!たしかに妻はこのことで苦しんだが、『夫は家庭を捨てることはゼッタイしない』って確信があったんだって。それに『相手の女性も、一時的に付き合ってるだけで、いい人が現れたらスグに結婚でもするだろう』って思えたんだって。だから、騒がないで、私にも言わず、静観することにしたそうです。『ホントは辛かったのよ。でも、アナタを信じることができたの』。私は“よくできた妻”に感動すると同時に“無理をさせた”ことを詫びた。でも妻は、ちょっと悪戯っぽく笑って言ったんだ『私はズルイの。アナタの罪滅ぼしから来る優しさを利用した。子供のことを色々してもらったし、優しくされて悪い気はしないじゃない!? 私に不倫がバレないように工面するのも大変そうなのに、アナタは一生懸命やっていて・・それを冷静に見ていた私って、かなりヤな女じゃない?』って」

「さすがまるっちの“出来すぎた奥さん”って思ってたら、そういう“人間っぽい”ところもあって、ホッとしたわ。朋乃が相当悪女だもん。ま、否定はしないけど。そっかぁ~、まるっちは、不倫がバレないように工面するために、キチンと夫婦生活も手を抜かないようにしていたのね。悔しいけどさっ。そういうところは男と女の性の違いはあるんだね~。男は不倫相手がいても妻と平然と“できる”んだね。いや~、ソコは盲点だったわ! 朋乃は、朋乃だけとしか愛し合っていないと思い込んでいたわ! まるっちは巧妙だわよ」
「朋乃チャンが結婚してからしばらくは私と関係がなかったこと、妻は見抜いてようです。この頃は、朋乃チャンのとこの家庭もウチも・・平和だったのでは? ウチは3人子供が居て、しかも一人が障がい児だし、正直、もう子供は十分だって思っていた。しかし、私と朋乃チャンの関係が復活したこと、やはり妻は見抜いてね・・・」
「逆襲したんだ~。今度は・・・」
「いや、けして逆襲なんかでは・・。復活して1年後に妻は泣きついてきた。めったに泣かない人だから・・、私は・・・」
「そ~だね~、まるっちってさ、泣きつかれると弱いもんね~! 朋乃の時もそうだったように・・」

朋乃は3本目の煙草に火をかけていた。普段、こんなにたて続けに吸うことはしなかった。
「旅行を計画して、最後の思い出づくりにしようとしたわけだ~。・・で、その後に奥さんの妊娠が発覚! 忙しいを理由に逢わないようにしていった・・でしょ! 朋乃もね、旅行の前あたりから、何だかまるっちの様子がオカシイなぁって思ってたのよ。あ~あ、ヤラレタわ! 奥さんに! ソレ、計画妊娠よ!! きっと。 まるっちを奪還するためには手段を選ばないのね。すごいわぁ~」
「計画妊娠かどうかはわからないよ。まあ、私は鈍感だから気がつかなかったのだけど。いや・・たとえ計画妊娠だったとしても・・・、朋乃チャン! 妊娠ってそんなに計画通りに行く? それがなかなか計画通りに行かないこと、朋乃チャンが一番知っているじゃない!?」
「うまいこと的中することもあるわよ! だから、悔しいんじゃん」
「妊娠が分かった時、妻はこんなことを言っていた『お腹の子が私たちを救ってくれた!』って。この言葉に頭をガツンを殴られたよ。旅行に出かける前、妻が私たちの不倫を知ってたことを打ち明けたって言ったよね。その時ね、妻は一言も『相手の女と別れて』とは言ってない。ただ『荷物を減らして・・』と言っただけ・・」

丸山室長は涙ぐんでいた。朋乃は、精一杯の笑顔を作って言った。
「ああ~もう! 負けたわ!アナタの奥さんに!! は・い・ぼ・く・か・ん! ・・・・あのねぇ、妊娠に嫉妬してるんじゃないのよ。アナタの奥さんの方が“選ばれた”ってことによ! 紛れもない現実、突きつけられたわ」
朋乃は笑顔を保とうとしたが、堪えきれず大粒の涙が頬を伝った。朋乃は、彩香が大貴と別れたエピソードを思い出した。状況が少し似ていたので、今になって彩香の気持ちが痛いほど分かったのだ。
「結婚して子供が出来ても、女として輝き続けたいと思っていた。でも、それだけのためにまるっちと男女の関係になったんじゃないよ。やっぱり、まるっちのこと、すごくすごく好きだったかも! 朋乃は初めてまるっちと飲みに行った時から、心が掻き乱されていた。こんな男に恋してる!って認めたくなかったのに、否定すればするほど気になって・・心がオカシクなりそうだった。心だけでなく、身体までもがアナタに向かう。理性では止められないの。ひょっとしたら、これが本当の恋・・愛・・?って」

朋乃は丸山室長にしがみついて泣いた。
「でも、終止符をうたなきゃ。いつかは終わらせないといけなかったのよ。心だけでも永遠でいたかったけど、ムリだとわかったわ。最後に、まるっちの家庭のこととか知って良かった。聞きにくいことも聞いたし、言えて良かった。ちゃんと事実を受け止めておかないと、勝手な憶測とか妄想を膨らませて悩むことになるでしょ? 格好良い別れ方じゃないかもしれないけど、ありがとう、まるっち!」
丸山室長も朋乃に何度も“ありがとう”と言い合ってっていた。そして
「ふわふわと甘い雰囲気なのに、頭が良くてすごい現実的。家庭では良妻なのに、小悪魔でエッチでオンナな部分がある。このギャップがたまらなく魅力的だった。自分に“力”を与えてくれていた。愛すべき女。愛していた」
とも言った。
「そんなこと言わないでよ・・逆に辛くなるから。そんなこと言われても、アナタのお・・」
朋乃は言いかけて止めた。
「アナタの奥さんには敵わないんだから! 女としても人間としても・・」
と続けたかったのだ。



丸山室長と別れた後、保育園へ行って子供たちを引き取りに行った。今日は陽斗くんも一時預かりをお願いしていた。朋乃の母が本格的に働き始めたので、もう実家には頼れないのだ。子供たちと手を繋いで歌を歌いながら歩いた。辛い別れ話をした後なのに普通に子供と接していた。
「ど~ってことはないわよ! ど~ってことはないんだから!」
そう思いながら家事をしていた。夫はいつもより少し早く帰ってきた。子供たちも喜び、幸せそうな夕食のひとときを過ごした。
「この家庭を守らなきゃ! 皆がいつまでも幸せそうに微笑んでいてほしい・・」
朋乃はそう心から思っていた。人妻が不倫恋愛から終わったら、ただ家庭に戻るだけだ。もし、これが独身の恋愛だったらどうでしょう。失恋した後は、電気も付けずに暗い部屋で一人で泣いて過ごしていたのかもしれないと思っていた。
「今はそれよりもマシ?」
夫は本日機嫌が良いらしく、朋乃に褒め言葉なんかを投げかけていた。朋乃は何ごとも無かったように夫に戻り夫婦愛を甘受していた。

トイレなどで一人になった時ふと涙がこぼれることもあるが、子持ちの主婦は忙しくなかなか一人になる時間などないのがこれ幸いである。朋乃は寝る前に夫に仕事を探したいことを再度訴えた。返事は好感触で“好きにしなさい。やってみなさい”だった。


そして、朋乃の再就職活動が始まった。目標は“30歳の誕生日までに決める!”だった。子育てが一段落した後に本格的に働くことは、朋乃の元々の希望だった。
「今まで、恋愛にうつつを抜かしてしまっていたけど、これからは心を入れ替えて、ビシッと決めてみせるわ!」
そして、ついつい
「丸山室長から素敵だ!スゴイぞ!と言わせてみせるわ!」
と思ってしまうのだ。
「前の会社の同僚たちにもギャフンと言わせたい!ミセスでママでキャリアウーマンになって輝いてみせるから!」
と意気込んでいた。

しかし、一社・・二社・・三社・・次々と不採用通知をもらう。朋乃が沢山持っていた資格も時代整合性が合わないのか殆ど役に立たない。子持ちであることもウィークポイントであった。多くの会社から
「子供が居なければいいんだけどねぇ・・」
「アナタの子供、未だ小さいじゃない。残業できる?」
などと言われた。

不採用通知が二桁台になった。さすがに朋乃は落ち込んだ。人格が否定されたかのように辛かった。
「甘かった!」
朋乃は初めて現実を突きつけられた。
「子供が出来て辞めると、こんなにも再就職が大変だなんて! だから、皆、なるべく育児休暇を取ろうとするんだな・・」
そして、次の面接会場へ向かう途中、歩いていると、突然息が苦しくなった。朋乃はその場に倒れ、突然の発作で苦しくてうずくまる。意識が遠のく・・
「な、なに・・。朋乃、死ぬの・・・」

<第42和終わり、第43話へ続く>

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B A B Y  D O L L ~第41話~「女の勘」
ずっと“親友” でいたかったのに。
どうする? 乗り越える? それとも・・・・。


※この物語はフィクションです。興味のある方は、サラッと読んでみてくださいネ。


B A B Y  D O L L


~第41話~「女の勘」


朋乃は夫の話が嘘デタラメであってほしいと思っていた。
「え~~! ホントぉ~。でもそれ、聞いた話でしょ? ホントかどうか分かんないじゃな~い?!」
「いや! 丸山室長の奥さんが産婦人科へ受診したらしいのよ。妊娠間違いないとのことらしいけど・・。 いや~室長はやることはやってるんだな~! あそこの3番目の子とかなり年の離れた子になるなぁ~。多分予定外だよな。室長! 酔った勢いで・・とかだったりして~」
「も~! そんな下品な言い方止めてよ! サイテー! あのねぇ~、産婦人科って何も妊婦ばかり診る所じゃないのよ。子宮の病気とか、今は多いんだから!」
「何でそんなにムキになるんだよ。ま、ちょっと言いすぎたけどな・・」

その夜、朋乃は眠れなかった。ベッドを抜け出して、パジャマ姿のまま、夜のテラスで呆然としていた。
「忙しいを理由に最近逢わないのは実はそのせいだったのか・・。既に3人の子供が居るから、もう作らないと思ってたのに。でも、それは単なる思い込みだった。ウチは夫婦生活は無いけど、相手も同じだとは限らないのね。まるっち既婚だもの。夫婦生活が普通にあっても子供も出来てもおかしくないじゃない・・」
朋乃の頭の中はかなり混乱していた。やはりショックを隠せない。ここへきて、今まで無関心だった“相手の奥さん”が浮上してきて、胸の奥が締め付けられる思いをしていた。
「明日、まるっちに直接聞いてみよう!」
そう気持ちにケリを付けて、朋乃はベッドへ戻った。

寝不足で頭が重い中、朋乃は会社へ電話を入れた。相手は丸山室長でなく沢田にだった。在宅の仕事を辞めると、ハッキリ言ったのだ。沢田の返答は実にあっさりしたもので、まるで朋乃が辞めるのを待ってたかのようだった。めったに無い仕事をいつ来るか?と期待して待つのも辛いし、スッキリさせたかったのだ。それともう1つ、朋乃は、辞める件を丸山室長にも伝えるように沢田に念押しした。そうしたら、丸山室長の方から“引き留め”の言葉があるかもしれないと思ったのだ。

だが、昨夜、丸山室長に直接聞こうと誓った“奥さんの妊娠の件”は、いざとなったら聞くことが出来なかった。もし、事実だとしたら受け止めるのが怖かったのだ。しかし、夕方まで待っても丸山室長からいっこうに連絡が無かった。しびれを切らした朋乃は丸山室長にメールをした。返事は
「残念です。ずっと続けてほしかったよ」
とだけで、素っ気なかった。
「やっぱり、まるっちは変だ」
女の勘かもしれないがそう思わずにはいられなかった。重い1日を終え眠りにつこうとすると、丸山室長からメールが来ていた。内容は
「今やっと仕事が終わったよ。日中は素っ気無いメールでごめんね。約束の予定より早くなるけど、よかったら今度○日に逢わないか?」
朋乃は即座にOKの返事のメールを送った。


丸山室長との約束の日になり、待ち合わせのカフェへ向かった。朋乃は丸山室長を見るなり涙が溢れてきた。すると周りが注目し始めたので、丸山室長は駐車場まで朋乃を連れて行った。立体駐車場の館内で、朋乃は人目もはばからず丸山室長に抱きついて思いっきり泣いた。
「あの・・・あのね、朋乃チャン。実はね・・ちょっと申し訳にくいんだけど・・」
「ダメ! 待って! 何も言わないで!! お願いよ、何も言わないでこのままホテルへ行って! 抱いてほしいの。今すぐ!」
丸山室長は悲しそうな顔をしたまま、無言でいつものホテルまで車を走らせた。そして抱かれた。この数日間で抱いた不安な想い、全てをぶつけるようだった。丸山室長は、朋乃の頭をよく撫でていた。優しく優しく・・・朋乃の想いを受け止めてあげてるかのようだった。だが、いつもよりも申し訳なさそうだった。

朋乃はバッグから煙草を取り出し、ベッドの上で吸い、ゆっくりと煙を吐いた。
「話があるんでしょ?」
丸山室長は、そんな朋乃の仕草に驚いていた。朋乃は男性の前では喫煙姿なんて絶対見せない人だった。それをあえてやって見せたのだ。
「すまん!! 全て私が悪い!! お願いです。別れてほしいんです!! お願いします!!」
丸山室長はベッドの下で床に頭をこすり付けて土下座をした。それを朋乃は上から目線で冷ややかに見ていた。
「子供が出来たんでしょ? 奥さんに!」
丸山室長は土下座をしたまま頷いた。朋乃はやや強めの口調で言った。
「もう止めてくれます? いつまでもそんな情けない格好! さあ、立って! あっちのテーブルでお話しましょう」
朋乃は、立体駐車場で思いっきり泣いて、ベッドの上で激しく想いをぶつけるように抱き合ったせいか、涙も出し尽くしたかのように冷静でいた。
「ずーっと“親友”で居たかったんだけどな。でも本当に男と女の“親友”だったら、奥さんの妊娠だって、別にどーってことなく思うでしょう。でも、ダメだわ。ああ、つくづくどっぷり男と女だったんだわ~。まあ、朋乃自身がそんな風に持っていったんだけどね。朋乃からムリヤリ迫られて・・・悪かったわ~なんて思ってるわ。まるっちは、朋乃のこと『なぐさめてあげないといけない』って思ってたからなんでしょ?」
「違うよ! 私は朋乃チャンが大好きだった。いつも元気を貰っていたのは、この私の方なんだよ。こう見えても私はコンプレックスの塊りだし、私みたいな男を愛してくれるなんて!こんなに嬉しいことはない。私に自信を相当与えてくれたよ。・・・けど、私はちょっと調子に乗りすぎていたのかもしれないなぁ」
「そっかぁ~! まるっちが室長に出世したのは、朋乃のお陰かぁ~!」
丸山室長は、笑顔で頷いていた。

「出世だけならいいけど、“奥さんの妊娠”というオマケまで付いてきちゃったわよ。男って自信を持つと・・・スゴイわね~!」
嫌味たっぷりに朋乃は言い放った。さらに、嫌味を続けた。
「ウチは夫婦生活なんてないけど、まるっちの所は違ってたんだ~。ま、ウチと同じって考えるほうがオカシイんだけど。それに、3人も子供が居るから、もう作らないと思ってた。あ、それも勝手な思い込みね・・」
「ウチの家庭のこと・・・話してもいいですか?」
「ど~おぞ! もう、別れたんだしさ。今まで気を使ってくれてて・・どうも~!ですぅ~。あ、そうそう、まるっちってさ、家庭でさ~、もう、異常なくらい奥さんや子供に優しくしてなかった? まるっちの性格上、多分そうだと思うのね~! 罪滅ぼしでさ~。・・・・アレってさ~、クッククク・・・バレないつもりがさ~、実は一番バレバレだったりするんだよね~! アハハハハ~」
「はい。・・・女性って、本当に勘が鋭いですね。妻は全て気づいてました」

<第41話終わり、第42話へ続く>

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B A B Y  D O L L~第40話~「宴の後の厳しい現実」
甘い宴の後、現実の厳しさをひしひしと感じる。


※この物語はフィクションです。興味のある方は、サラッと読んでみてくださいネ。


B A B Y  D O L L


~第40話~「宴の後の厳しい現実」


日帰り旅行以来、もう2ヶ月ほど朋乃は丸山部長と逢っていなかった。在宅の仕事の方も、その間全くなかった。時期的に年度末・年度始めで会社自体が忙しいというのもあるのだろうと朋乃は納得させていた。朋乃のほうも、優菜ちゃんの保育園の入園の準備等でそれなりに忙しく、何とか気持ちを紛らわすことが出来ていた。

だが、メールのやり取りは割りと頻繁にしていた。子供たちと遊んでる時でも、一瞬だけ甘いひとときに浸ることもあった。丸山部長宛てに仕事の励ましのメールを送ったり、たまにはちょっと際どくランジェリー姿の画像付きメールを送ることもあった。

「恋って、いくつになっても、どんな状況であっても・・楽しい、嬉しい、幸せ!」
と、朋乃はハイテンションであった。何が起きても、怖くないかもしれないと思うことが怖くもあった。昔、誰かの歌の歌詞であった“ヤバい、ハイテンション”をいうフレーズを思い出していた。


朋乃は久しぶりに会社に出向いて仕事の打ち合せをすることになった。本当は会社内でなく外で打ち合わせがしたかったのたが、丸山部長の都合上仕方なく応じた。やはり会社へ出向くととても緊張する。外での打ち合わせは、半分以上デート感覚だったと改めて思ったのだ。

オフィスへ着くといつもの場所に丸山部長の席が無かった。周りに尋ねてみると、丸山部長は今年度から部長でなく室長という肩書きになったそうなのだ。それで居場所も変わっていたのだ。
「丸山室長! 昇進おめでとうございます。 も~、ひとこと教えてくれてもよかったのにぃ~」
丸山室長は、すまん、すまん・・と侘びながら、多忙だったことを言い訳した。昇進しても昔と変わらずフレンドリーで腰の低い人のままだった。だが、会社内ではさすがに“まるっち”とは言いにくかった。

「会社までわざわざ来てもらったのは、実は理由があってな。朋乃チャンの仕事の担当が替わることになったんだよ。今までは私から直に打ち合わせをしていたけど、これからは違う人になるんだ。・・・紹介するね。ちょっと待っててね」
それから、新しい担当の『沢田』という男性社員を紹介された。年齢は夫と同じくらいに見えたが、“平”のようである。沢田は全体的に薄い顔だちであまり愛想がいいとは言い難く、冷たい感じすらあった。打ち合わせは丸山室長と共に行われたが、沢田の説明はどこかぶっきらぼうだった。これから、この人と仕事をしなければならないと思うと、朋乃は哀しくなった。

会社を後にした後、朋乃は丸山室長にメールで噛み付いたが、申し訳ないの一点ばりだった。たしかに、室長という立場の人が朋乃みたいな下っ端に直で打ち合わせするのも変だし、以前よりも多忙をきわめているようだったので仕方がないと頭では理解した。朋乃は、これから何を楽しみに生きてゆけば良いのだろうか・・と、寂しい気持ちになった。
「けど、別れたわけではないんだから! まだ繋がっているんだから!」
と、思い直した。そして、丸山室長との逢瀬の約束も取り付けたので、朋乃はようやく気分が上向きになった。


数日後、朋乃は依頼されていた仕事を仕上げて、会社で沢田に渡した。沢田は相変わらず無愛想だったが、朋乃は思い切って次の仕事のことを聞いてみた。
「次の仕事? そんなの無いよ! 当分無いかもしれないね。あなたも知ってる通り、不景気で厳しい世の中なんだぜ。外注も減らしてるっていうのに。仕事ねぇ・・・、主婦の片手間で出来るようなのは無いから~! ま、何かあったら、また連絡するからさっ」
朋乃は、非常に嫌な気持ちになったが、愛想笑いを作って大人な対応をした。
「マジで当分仕事がないんだろうな~」
と予感がしていた。社内の廊下を歩いていると元同僚に会った。子供を産んで1年ほど育児休暇を取って、復帰したばかりだと言う。朋乃は羨ましくて仕方なかった。

朋乃は彩香の家でくらだない話して気持ちを慰めようとしていた。彩香の近況はというと、美月ちゃんが小学校に入学したそうだ。それを聞くと、随分年を取ったんだなぁ~と思ってしまう朋乃だった。彩香が勤めている老人施設は保育園も経営しており、従業員は破格の値で子供を預かってもらえるのだ。託児は24時間営業で夜勤の時も預けて働けるシステムになっていた。朋乃は、彩香の子供を持ちながら仕事が出来る環境をとても羨ましく思っていた。
「ねえ、蓮とはどうなの? 交際は順調なの?」
「蓮ね、時々泊まりにも来るのよ」
「へぇ~、子供を巻き込んでるんだ~! 蓮は、子供たちとうまくやれてるんだ~」
「うーん、蓮はちょっと子供が苦手みたい。でも、ぶっきらぼうではあるけど、誠意を持って接してくれているのよ。少しずつ慣れて仲良くなっていってるとは思うわ」
「彩香のママは? 認めてくれてるの?」
「実はね、ママ、出て行ったんだ~。あ、ケンカとかじゃないよ。『男と暮らしたいから~』とか言ってたけど、詳しくは分からないわ。それからママ、風俗から足を洗って『たこ焼きの店』を始めたのよ!結構お客さんも多いらしいのよ。ねえ~、今度行ってみようよ!」
「彩香のママは、彩香に気を使って出て行ったんだなぁ~」
と、朋乃は思っていた。遠まわしに娘の幸せを考える良い母親なのだ。朋乃は、彩香が仕事も恋も順調で喜ばしく思う一方で、少し寂しさも覚えていた。

朋乃は、そろそろ本気で働きたいと思うようになった。
「だいぶ育児からも手が離れたし、在宅の仕事もアテに出来ないし、住宅ローンに子供の教育費・・お金はいくらあっても足りない。それと、年齢的な問題もあるわ。朋乃は現在29歳。30歳を過ぎると就職はさらに厳しくなるでしょう。何としても20代の内に仕事を探さなければ・・!」
と、焦っていた。

求人雑誌をいくつか購入して、保育園に優菜ちゃんを迎えに行き、さらに実家に寄って陽斗くんを迎えに行った。実家で一服していると、朋乃の母が何か言いたげだった。
「これから孫たちの面倒を見れなくなるかもしれないんだけど。・・・実はね、本格的に働こうかと思ってるんだ~! 仲間数人でお惣菜やお饅頭を製造する会社を起業しようと思ってるのよ。資金は、市の商工会議所が助成金を出してくれるからチャンスだと思ってね。今までは、自分のことよりも家族の為にって生きてきたけど、これからは、自分のため、世の中のために生きたいんだよね~」
「ええ~、そんなぁ~! その話、急なの~?」
朋乃自身がこれから本格的に働きたいと思っていた矢先、母の方に先を越されてしまった。
「もう母をアテにも出来ないんだ~。でも今まで母に頼り過ぎていたかも・・」
と反省もした。

朋乃は、母が働くことに関しては、ちょっと複雑な想いがあった。何せ、朋乃に“女は結婚して、子供を2~3人産んでこそ幸せ”と植え付けたのは母だからである。母には姉にあたる伯母が居て、伯母は独身で産婦人科の医師だった。朋乃は小さい頃から、美人で聡明でいつもブランド品を身につけて、高級外車に乗り高級マンションに一人暮らししていた伯母に憧れを抱いていた。しかし、母は子供の頃からいつも姉と比較されて育ったため、姉に対してやや卑屈な感情を持っていた。
「ブランド品なんて、幸せじゃないから見せびらかすように身につけるのよ」
なんて、母は伯母のことを言ってたし
「結婚もできなくて可哀想!」
とも言っていた。伯母は親戚の集まりには多忙を理由に欠席することが多かった。そのことに対しても
「結婚して子供が居る人ばかりの中では来にくかったのよ」
などと言っていた。そんな伯母は、40代前半で過労死してしまう。葬儀では母は大泣きしていたが
「せめて、結婚だけでもしてれば良かったのに~。働きづめで~! 可哀想に~!」
それは母だけでなく、他のおばさんたちも同じことを言っていた。朋乃もそのことに関しては若いなりに何となく理解は出来ていた。そして、それが今後の朋乃の生き方に影響を及ぼしていった。
しかし、伯母は自分が分娩担当した赤ちゃんの写真を全て大事にとっており、宝物のようにしていた。朋乃は今だから思えるのだが、伯母は結婚や出産よりも仕事を生きがいにして案外幸せだったのじゃないかと思っていたのだ。


朋乃はドヨーンとして重い気持ちでいたが、目の前に子供たちが居ると暗い気持ちのままでは居られない。カラ元気で子供の相手をし、夜になって子供たちも眠りにつくと、朋乃は夫と二人っきりでTVを見ていた。
「そろそろ本格的に働こうかと思うのよ。在宅の仕事ももうなくなっちゃったし、これからはお金の要ることばっかりだしね~!」
「そろそろ、外の空気が吸いたくなったか~! そうだなぁ~、1日4~5時間で週3日とかのパートなんかでいいんじゃない?」
「そんなんじゃー、全然お金にならないんですけど・・。保育園は夕方まで預かってくれるから、働くんならフルタイムの方がいいと思うわ」
「うーん、ま、子持ちだと就職は難しいよ~。もうそんなに若くもないし。そんなに簡単には仕事は見つからないと思うけど・・・。」
朋乃は夫の言葉に少々ムカついていたが、やはり現実は厳しいのかもしれないとも思っていた。
「けど、探してみなければ分からないわ!朋乃は色々資格も持ってるし!」
と、強気でいた。
「話変わるけど、そうそう・・・・聞いた話なんだけど、丸山室長さ~、4人目の子供が出来たんだって!! スゲ~な! もう40代半ばでしょ~! やるな~! ・・・ん? どうした? 朋ちゃん、聞いてる?」

<第40話終わり、41話へ続く>

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B A B Y  D O L L ~第39話~「不倫日帰り旅行」
自分に正直に生きたいだけなんです。

※この物語はフィクションです。興味のある方は、サラッと読んでみてくださいネ。


B A B Y  D O L L


~第39話~「不倫日帰り旅行」



高尾の結婚披露宴の後、朋乃は丸山部長と落ち合った。セクシーなドレス姿を披露したかったのもあった。その日はいつもに増してドラマチックに燃えた。

「二人だけで、何処か遠くへいきたいわ」
「今度、日帰り旅行しないか? 有給休暇を取るよ。平日の朝から夜まで露天風呂付きの旅館を貸しきって、1日中のんびりしたいね~」
「ああ、いいわ! 何としてでも行こうね。朋乃、もうまるっち無しでは生きてゆけない! ずっと、一生・・こうして付き合ってゆきたいわ。朋乃たちは背負ってるものが大きいから、全てを捨てて一緒になるのは不可能・・。だから、せめて・・長い年月一緒に居られたらいいかなぁ~って思うの」
丸山部長は、ただ黙って頷くだけだった。それが少し寂し気なのが朋乃には気になっていた。


数日後、朋乃はM男君に偶然会ったことを彩香に伝えたが、彩香は思ったほど驚かなかった。
「イタリアンのシェフ?! 何だかますます遠い世界の人になっちゃった感じだわ。うーん、特に会いたいとは思わないなぁ。美月がどうしても会いたいって言うなら、会ってもいいけど・・」
「実はね、二人を復縁させようか・・なんて考えたのよ。ホラ、今お互いフリーだし。でも、何となく止めたわ。『彩香は元気よ。彼氏も居るわ!』なんて言ってしまったわ」
「あ、それウソじゃないよ」
「ええーっ、もう?いつの間に?! 渡邊さんが亡くなってあんなに悲しんでいたのに・・」
「うん、もうだいぶ経つし。でも、渡邊さんのお陰で出会えたようなものよ」
「何~! ちょっと! その話、詳しく聞かせてもらいましょうか!」
相変わらず彩香は変わり身が早く、新しい話題を提供してくれる。彩香によると、渡邊さんが亡くなって3ヶ月後に、渡邊さんの親類の男性が施設を訪ねて来たという。その男性は、渡邊さんの弟の孫にあたる人で、名前は『渡邊蓮』と言い、年齢は21歳だった。

「初めまして。いや、実は初めましてじゃないんだけど、渡邊画伯の葬儀の時から、あなたのことが気になってました。あなたに見せたいものがあるんです」
そう言って、蓮は風呂敷包みを開けた。その中には、渡邊さんが彩香のために描いた絵があったのだ。
「こ、これは・・・」
「渡邊画伯の遺品の絵は、殆ど祖父が所有することになりました。その中にこの絵があって。俺、ひと目でこの絵が気に入ったんです。祖父に無理言って、この絵を譲ってもらいました。俺にだって、“遺産”を相続する権利があるもんな。・・で、実はお願いがあるんだけど・・・・」
「えっ?」
「この絵の共同オーナーになってくれませんか?」
「それって・・・?」
「この絵は、本来ならあなたが持つべきものなんです。それが渡邊画伯の願いです。絵の裏にそのように書いてあります。しかし、祖父が強引に持ち帰ってしまいました。でも、これも縁かもしれません。俺もこの絵を手放したくないし、どうです? いい提案だと思いませんか?」
「はい」
彩香は、蓮という青年の話を終始微笑みながら聞いていた。蓮の言わんとしてることが即分かったのだ。遠まわしに言うところが紛らわしいけど、可愛らしいと感じていた。亡くなった渡邊さんが連れてきた“縁”ではないか・・と思ったのだ。

「ふーん、・・で、即付き合いに発展したわけだ~! 相手の本心をすぐ見抜くあたり、さすが本能女ね。 今度の彼は年下だね? 見た目はどんな感じ? カッコイイの?」
「ええ! 背が高くってビジュアル系よ。専門学校で美術の勉強をしてるんだって」
「げっ、学生! 将来は考えられそうにないじゃん」
「さすがにもう結婚は懲りました」
と、彩香は笑っていた。朋乃は、極めて異性との出会いが少ないであろう老人施設でも出会いをキャッチする彩香の恋愛力の強さに感心した。おそらく、彩香はピュアで邪念がないから深読みもしないのだろうし、そこがよいのだろうかと思ったのだ。

「邪念といえば、朋乃は邪念だらけだなぁ~」
と、朋乃は思った。結婚して子供が居ても彼氏を作ったし、彼氏を愛してると言いながら、家庭を捨てることも壊すことも出来ないのだ。



丸山部長と日帰り旅行の日がやってきた。家庭の主婦がデートの時間を工面するのは大変なことである。しかし、やろうと思えば何とかなるのである。一番の気がかりは、子供たちが急に熱を出したりとの病気の心配だった。当日までドキドキして過ごしたが、何とか大丈夫だったので、いつものように嘘の用事を作って実家へ預けた。

丸山部長の車は高速に乗りひたすら走っていた。県境を越え山奥へ入り、秘境と呼ばれるような場所に風情のある旅館あった。ここの旅館は離れ式になっており、1棟1棟に露天風呂が付いている。この離れを今日は1日中貸しきることが出来るのだ。窓を開けると近くに渓流があり、素晴らしい自然のロケーションに、朋乃は気持ちが開放的になっていった。
「わ~! まるっち素敵~! いい所ね~。普段頑張ってるから・・ご褒美よね!」
二人は、一緒にゆっくり露天風呂につかりリラックスしていた。秘境でおしのび温泉旅行とは、不倫の王道である。部屋食で指向を凝らした昼膳をゆっくり楽しみ、ゆっくり愛し合い、何度も頂点に達し、また露天風呂に入って、外を散歩し、また愛しあって、まどろみながら会話して・・・時間を気にせずに過ごせることとはこんなに贅沢なことか!・・と改めて思ったのだ。

「朋乃は普段育児も頑張っている。主婦としても頑張っている。仕事だって頑張っている。毎日時間に追われている。丸山部長だって同じであろう。だから、こうして非日常を楽しみ、心と体をゆっくりと解き解し癒す。それが明日への活力にも繋がるだろう。愛と癒しがセット・・そんな時間を味わってはいけないのだろうか?」
婚外恋愛は世間的にはイケナイことだということは、朋乃もじゅうじゅう承知していた。
「非難してる人は、いったい何を非難してるのだろうか? “贅沢”だから? 」
朋乃は独身で不倫も体験してるが、この時は相手への独占欲、奥さんへの嫉妬等で胸が締め付けられる程苦しんだ。しかし、今はそれはそれ程でもないのだ。相手の奥さんのことなんて無関心に近かった。朋乃にとって婚外恋愛は今や自分の生活の中にバランス良く組み込まれている感じだった。このバランスを崩したくないのだ。

「彩香のことを “自分に正直に生きてる人”だと思っていたけど、朋乃だってそうかもしれない」
と、思った。
「自分の気持ちにいたって正直に行動している。“気持ち”というより“欲望”に正直と言ったほうが正しいかもしれないわね。ほしいものは、ほしい。誰に何と言われようと!」

旅館を後にし、まだ少し時間があったので付近の観光地を散策した。ふと家族のことが思い浮かび、お土産を買ってあげたいという衝動にかられたが、心を鬼にして止めた。丸山部長とお揃いで色違いの携帯ストラップだけを買った。買ったら、観光地の名前入りの包装紙は即捨て、ストラップはすぐ着けた。“証拠”はどんな小さなものまで隠滅させておかなければ、何処でどう発覚するか分からない。それは、自分たちがリスクのあることをしてるのだという自覚があるからだ。


夕方、朋乃は子供たちを迎えに行くために実家へ向かった。自宅へ帰る車の中で、子供たちとシリトリゲームをし、自分がわざと負けてあげたりして、すっかりママの顔になっていた。実は洋服も途中で着替えたのだ。デート用のセクシー系な服のままではマズイだろうと思ったからだ。この変わり身、朋乃は我ながらいつもスゴイと関心していた。

夕食の時、陽斗くんがご飯を床にぶちまけた。いつもの光景だが、今日は朋乃は叱らなかった。逢瀬の後は、不思議と家族に対して優しくなれるのだ。

<第39話終わり、第40話へ続く>

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B A B Y  D O L L ~第38話~「ロストラブを乗り越えて輝く人たち」
懐かしい人たちとの再会。かっての恋敵の知られざる過去も判明。
成長していないのは朋乃だけ?

※この物語はフィクションです。興味のある方は、サラッと読んでみてくださいネ。


B A B Y  D O L L


~第38話~「ロストラブを乗り越えて輝く人たち」


レストランの席に、懐かしい顔ぶれがあった。朋乃の結婚以来5年ぶりくらいだろうか。OL時代の、早紀先輩であった。早紀先輩とは、かっては現在の朋乃の夫を巡って、激しく恋のバトルを散らした仲である。朋乃の婚約後、早紀先輩は会社を辞め音信不通となっていた。

朋乃は早紀先輩と目が合うと軽く会釈したが、どう対応していいのか分からなかった。しかし、早紀先輩はニッコリと笑顔で朋乃ほうへ寄ってきた。傍らに5、6歳位の女の子を連れていた。
「こんにちは~、お久しぶりね。結婚生活は順調?」
「ええ、お陰様で何とか4年目を迎えることが出来ました。1男1女にも恵まれてとても幸せです」
「そう、良かったわね。もう随分昔話になるけど、あの頃は・・・ごめんなさいね。恋のバトルをするなら正当に戦うべきだったわ。なのに、私ときたら姑息な手を使って・・・。ああ、思い出しただけでも恥ずかしいわ! 本当にごめんなさい。でも、アナタが幸せなので安心したわ」
朋乃は、早紀先輩から何か嫌味を言われるのじゃないかと怯えていたが、それどころか謝られるし、昔よりとても良い人になっていたので拍子抜けしたのだ。

「そんな昔のこと・・・、忘れてしまっていたわ。それより、そのお子さんは早紀先輩のお子さんですか?」
「実は3年前に結婚したんです。でも主人は再婚で、この子は主人の連れ子なんです。私に懐いてね、この子のお陰で結婚できたようなもんなんですョ。今、ココで仕事してます。良かったら、後で時間が取れたらお話したいわ。では後ほどね~」
と、朋乃に名刺を渡して他の挨拶回りのために去って行った。早紀先輩は現在40歳位だろうか。朋乃は、早紀先輩が結婚していて内心ホッとしていた。そして、名刺をじっくり見ると、大手有名マリンスポーツ用品店の副社長と肩書きがあった。さらに同系列で、『海と戯れるセラピー』主宰で“セラピスト・心理カウンセラー”との肩書きもあった。
「あのマリンスポーツ用品店って、全国に何店舗もある会社よ。ええーっ、じゃあ・・早紀先輩はそこの社長夫人になったんだぁ~! ええーっ! そんなことってあり~! いきおくれのあの先輩が~。30歳過ぎたら、結婚も難しくなるし、一般的には・・いい人も居なくなるのよ。だから朋乃は20代で結婚しょうと頑張ったのに~! 何で!何で! 30代後半でセレブ婚が出来るのよぉ~!」
と、朋乃は叫びたい心境だった。何だか、逆転勝ちされた気分になってしまったのだ。

そうこうしてる内に、会場に綾さんが入ってきた。綾さんに会うのも久しぶりだったが、朋乃は驚いて思わず声を上げた。
「あ、綾さん! もしかして・・・オメデタ?・・ですか?」
「イェ~イ!! 今8ヶ月目に入ったところよん。もう嬉しくって! 実はもう1人欲しかったからさぁ!」
綾さんのお腹の子は3人目である。
「40歳近いのに妊娠できるなんてスゴイ! 高齢出産なんて・・」
と、朋乃は驚いていた。しかし、もっとスゴイのが綾さんのファッションだ。 黒のレザーで、背中も胸も開いてセクシーな網の装飾が施してある。まるでSMの女王様のようだった。大きなお腹は、隠すより強調していた。けど、それが誇らしげに見えて格好良く見えた。
「ふふふ、この服に驚いているわね。コレね、特注で作らせたのよ! だってさぁ~、妊婦服って何でか皆、ふわふわピラピラ優しげ~なのばかりなんだもん。もっとセクシーで格好イイのがあってもイイはずなんだけどな~。だから、自分で作っちゃった!あはっ」
「ええーっと、今もあの会社で仕事はしてるんだよね?」
「もっちろん! この日のために、私、妊娠・出産しても働きやすい環境作りに頑張ったんだよ~」
「相手・・は、やはりあのひと回り年下の彼? その彼と再婚されるんですか?」
「ええ、そうよ。でも・・・結婚は・・・今のところ分からないわ~。子供たちに反対されてね。でも『赤ちゃんは、あたしらが育てるから~~』って、頼もしいことを言ってくれたのよ。子供たちも赤ちゃんの誕生を楽しみにしてくれてるのよ」

そして、いきなり会場の照明が暗くなり新郎新婦が入場してきた。白いウエディングドレスの高尾と、タキシードの新郎はイタリア人のイケメンだった。入場したとたん、高尾たちの仲間であろう外国人たちがワッと取り囲み、クラッカーを鳴らしたり、紙吹雪を飛ばしたりしていた。パーティは陽気にざっくばらんにスタートした。

新郎の名前は「フランチェスコ」といい、なれそめは高尾が通ってる語学教室の主催するパーティで知り合ったそうだ。パーティでは、新郎新婦の席に招待客が自由に行き来していた。朋乃もお祝いの乾杯をしょうと高尾の席に近づいた。
「おめでとう! 驚いたわ! こんなに早く結婚するなんて!」
「それは私が一番驚いたわ! もう予定外だったから。でも、背中を押してくれたのは朋乃さんの言葉が大きかったかも! ホラ、案ずるより産むが安しって。仕事との両立も不安だったけど、何とかなるものね~! 彼がすんごく家のことをしてくれるのよ~。も~、料理なんかは彼の方が上手なの~」
「へ~!そのヘンは日本人夫とは違うのね。いいなぁ~! しかもイケメンで。前の彼の後に知り合った人よね?」
「ええ、そうなの~。ロストラブで辛くて、もう恋より仕事! 結婚なんてしない!・・なんて思っていたのに。知り合って半年で結婚しちゃったわ!」
朋乃はこんなにメロメロになった高尾は初めて見た。新郎のほうに
「高尾のどこが良かったのか?」
と、英語で質問してみた。すると、英語はサッパリ分からない~っというリアクションをしたので、高尾はイタリア語で通訳をしていた。
「朋乃さん、これ、あくまで彼の言葉だから! 私の言葉じゃないから~。・・・あ~もう! 恥ずかしくて言いにくいなぁ~~。ええーとね、『アナタのことが美しかったから! 世界で一番美しいと思ったから! その白い肌と黒髪、日本の美。仕事も出来るし、頭もいいし、素晴らしい。愛してる! 世界一、いや、宇宙一!永遠に! アナタが傍にいるだけで元気になれる。僕は幸せ者だ!』・・・と言ってました・・」
高尾はかなり赤くなっていた。そして二人は堂々と何度もキスを交わした。傍にいた外国人たちがはやし立てはじめた。
「あ~あ、聞くんじゃなかったわ・・」
と、朋乃は半ば飽きれ気味だった。
「イタリア人ってスゴイわ。いつもあんな調子なんだなぁ。ウチの夫に爪の垢でも飲ませたいよ。毎日あんな言葉を聞けたら、朋乃だって不倫はしないかも・・」
なんて思っていたのだ。

「朋乃ちゃんの今日のドレスだって、すんごいセクシーよ! 人妻だけどフェロモン出ちゃって!今に声をかけられるわよ~ 」
朋乃は綾さんと一緒になって笑った。
「実はもう不倫中です。やはり何かが滲み出てるのかな~」
と、内心で思っていたが、そんなことは人前では言えることではないと思っていた。


そして、早紀先輩と二人でゆっくり話す機会ができた。朋乃は、どうやって今の旦那さんと知り合ったのかが一番聞きたかったのだ。
「アナタの婚約が分かった後にショックでね、衝動的に会社を辞めちゃったの。もうホントに落ち込んで生きる気力すら失ったけど、このままじゃ良くないと思って、何となくハワイへ渡ったのよ。そしてサーフィンと出会って、夢中になってる内に段々元気を取り戻していって、その後、日本とハワイを行き来する日々が続いたわ。それから、心理学や色んなセラピーを勉強するようになったの。ハワイに行ってから、いつしかセラピストを目指すようになっていたのよ」
「旦那さんって、ショップの社長でもあるけど、元プロ・サーファーだよね。結構有名な・・」
「そうなの。主人とはサーフィンを通じてハワイで知り合ったの。主人は最初の結婚をしてから事故にあって大怪我をしてね。プロ生命を絶たれてしまったのよ。それでショップを立ち上げて生活の糧にしょうとしたけど、奥さんとはギクシャクし始めてね、奥さんは子供を置いて他の男と出て行ってしまったのよ。奥さんはサーファだった主人を愛してたみたいね。別れてから、私が何となく主人の店を手伝ったり、セラピストの資格を生かして主人の傷ついた心を癒してあげたりして・・。朋乃さん! 元を言えば、全てアナタのお陰なのよ!! あの時振られてなかったら、今の自分はなかったわ。そして今の生活もなかった! もう~感謝してるわよ~! アナタも今、上岡課長と結婚して幸せだから、ホント、お互い万々歳だわね~!」
朋乃は、これ以上にない位感謝をされて、逆に複雑な気持ちになった。
「幸せと言っても表面上だけだし・・」
と、思っていたからだ。

「今だから言うけど、私、めっちゃ結婚願望が強かったのよ。付き合ってる人にすぐ結婚を期待しちゃうし。料理とかも習って花嫁修業もしてたわ。でも焦れば焦るほど遠のくし、30歳過ぎちゃうし、ストレスで性格はキツくなってお局扱いされるし。だから、若くして、しかも私の憧れだった上岡課長とあっさり婚約できたアナタに嫉妬した。会社を辞めても苦しい日々が続いたわ。でも、ハワイに行ってから段々どうでも良くなってきてね、 結婚よりも好きなことしょう! 自分らしく生きよう!ってね」
かっての朋乃も早紀先輩同様、結婚願望が強かったのである。しかし朋乃は早く実現させた。その違いは、朋乃は“現実的”、早紀先輩は“夢見がち”だったからではないかと思った。しかし、今は早紀先輩こそが“スケールの大きな夢”を実現させていた。“夢”なんて所詮“夢”と思い、“夢のないつまらない女”と自嘲していた朋乃だが、“夢”って大事なんじゃないかと思い始めたのだった。


「デザートタイムで~す!」
司会者の声がすると、シェフたちがデザートを持ってやって来た。その様子を見て朋乃は再び驚いた。何故なら彩香の元夫であるM男君が居たからである。
「M男君じゃない! すごいわ!! 立派なシェフになっちゃって!」
M男君の名札を見るとサブチーフ・シェフとあった。顔つきも、昔と違って自信に満ち溢れていた。
「いや~、こちらこそ! 朋乃さんと再会できるなんて光栄です。相変わらず、お綺麗ですね」
「やだ~! 口調までイタリアンになっちゃってさ~。M男君、偉くなったんだね~。昔よりも格好良くなったよ! ホントに。彩香と別れてから・・・ホントに夢を実現させたんだね」
「彩香、元気にしてるか? 僕のわがままで離婚することになって申し訳ないと思ってる。ファミレスの従業員のままだったら、彩香との生活を守れたのかもしれないのに・・。独りになってから、あちこちのレストランで修行してきたよ。海外でも修行した。今はこのレストランで落ち着いたかな」
「このレストラン、美味しいって有名だもの。つかぬことを聞くけど、M男君は今も独り?」
「料理が恋人って感じだね」
気の利いたことも言えるようになったM男君に、朋乃は感激していた。実は朋乃は、M男君が今でも独りだったら彩香に引き合わせようか?・・なんて考えたのだが止めた。価値観の違いで離れた二人、覆水盆に帰らずだろう。
「彩香はね、とっても元気よ! ああ見えて結構しっかり生きてるのよ。心配はいらないわ。彼氏もちゃんと居るしね。M男君が、早く素敵な女性と出会えますように。いや、きっと出会えるわよ!」
M男君は満面な笑顔でうなずいていた。


高尾に、早紀先輩、M男君、そして彩香・・・皆、失恋をポジティブにとらえ乗り越え、見事に成長し輝いている。朋乃だけが変わっていないように思えていた。

<第38話終わり、39話へ続く>


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B A B Y  D O L L~第37話~「罪悪感」
それぞれの変化。それぞれの道。


※この物語はフィクションです。興味のある方は、サラッと読んでみてくださいネ。


B A B Y  D O L L


~第37話~「罪悪感」



朝目覚めて鏡を見ると、いつになくお肌が艶々としてハリもある。
「すごいわ! 恋のパワー! 高い化粧品なんかよりずっと効果があるわ」
朋乃はしばらくうっとり眺めていると
「ママァ~!」
と、子供たちの声を聞くと急に現実に戻った。

子供たちに、おみやげの大きなぬいぐるみやオモチャを渡すと、奇声を上げて喜んではしゃいだ。両親にも普段手に入らないようなお菓子のおみやげを渡した。朋乃がここまでするのは、罪滅ぼしかなもしれないと思ったのだ。

それから、朋乃は思い出したように
「昨夜の着信は何の用事だろう?」
と、彩香にメールをした。しばらくすると電話が鳴った。
「昨日は突然ごめんね。実はね・・・渡邊さんが・・渡邊さんが・・・昨日の夜、亡くなったの・・」
彩香は既に泣き声になっていた。いまにも泣き崩れそうな勢いである。しかし、どんなに彩香が悲しんでも朋乃は冷静で人事のようだった。
「・・・そうだったの。それは・・悲しいね。彩香、昨日電話あったのに出れなくてごめんね。実はその時間、ちょっと取り込んでいて・・・。一番辛い時になぐさめてあげれなくで・・ごめんね。あっ、葬儀とかは行くの?」
「うん。たぶん、施設の皆と一緒にお通夜と葬儀に行くことになると思う。今日、昼頃ちょっとだけ時間取れる?」
「あ・・うーーん・・、今日はちょっと・・ムリっぽいなぁ。ごめんね~。電話で良かったら今から話を聞くけど・・」
朋乃は、今日も丸山部長とランチをする予定だったのだ。今、自分自身が幸せなため、彩香の悲しみモードになかなか合わせきれないのだ。頭の切り替えは大変だと思っていた。

「朋乃さんにも都合があるよね。ごめんね~。じゃあ・・今、電話でもいい?・・・・亡くなった時はもう・・気が動転しちゃって・・。昨日、夜勤だったの。渡邊さんはあたしの絵をとうとう描き上げたの。そして『なんか疲れちゃったな。ちょっと寝るね。彩香・・今日はずっと傍にいてくれ。手を握っててくれ』って。しばらくは、手を握って上げてあげてたわ。安らかに眠っていてね。・・あ、まだ死んではいないわよ。それから、あたしも忙しいんで他の人のお世話をするため、そぉーっと、渡邊さんの元を離れたの。2時間程して帰ってきたんだけど、何か様子が変。『渡邊さん!』って呼んでも・・・呼んでも返事が無いの・・・それから所長呼んだりして・・死亡が確認されたの。ああ・・あたしのせいだわ! あの時あたしがちゃんと傍に居なかったから!!」
「彩香のせいなんかじゃないわよ。自分を責めないで~。老人施設って“終の棲家”みたいなものよ。いつかは誰でも亡くなるのよ。渡邊さんは84歳、大往生よ。彩香の絵を描き終えて、彩香が手を握ってくれて・・・これ以上にない幸せな亡くなりかただったと思うわ」
「ホント?」
「そうよ。だから・・施設を辞めるなんて、変な考え方はしないようにね」
彩香もだいぶ落ち着きを取り戻していた。
「朋乃にはよく理解できないけど、これも1つの愛のカタチなんだろうか」
彩香の悲しみ方は、まるで愛する人を亡くしたかのようにも見えたのだった。


朋乃は約束通り丸山部長とランチへ出かけた。友だちと男・・・どっちが大事なんだろうと考えたが、朋乃の行動は既に“男”を選んでいる。地下にある隠れ家のような和風レストランで食事をした。明るい場所を避ける感じが、朋乃たちの関係にピッタリだと思った。丸山部長が急いでる風だったので、ランチは早めに切り上げ、夕方からも逢う約束を取り付けた。

やはり時間に限りがあるため、コンビニで軽食を買ってホテルへ直行した。1度火が付くと、もうとどまるところを知らなくなる。大胆な行為にも臆せず進んでしまう。2時間程、抱き合ってまどろんで、丸山部長は仕事があるため、ホテルを後にした。朋乃も急いで家(実家)へ戻り、子供たちと夕食を共にした。夜の9時前に、夫の携帯に電話し、子供たちの声を聞かせた。夫は喜んでいたが
「昨日の夜はおばあちゃん(朋乃の母)からの電話だったよ。朋ちゃん、お出かけしてたんだ! ま、たまにはハメを外すのも必要かもな~、ははは~」
夫の声に、朋乃は心臓がバクバクしていた。

次の日、朋乃は自分の家へ戻り、出張帰りの夫を“これでもか!”というほど優しくもてなした。夕食には夫の大好物を、“とっても寂しかったワ”などと普段は言わない甘いセリフを言ったりもした。夫の背広のポケットにキャバクラ女性の名刺が入っていたが、見て見ぬふりをした。いつもなら烈火のごとく怒るであろう。この優しさは罪悪感から来るのなのだろうかとも思ったりした。

朋乃はふと思った。
「丸山部長も家庭では、奥さんや子供たちに“これ以上にない優しさ”で接しているのではないだろうか? そう、罪悪感を転化させて!」


あくる日、朋乃と子供たちは育児サークルのイベントに参加していた。人形劇や紙芝居では、さりげなく倫理観をもりこみ、子供たちに“正しい教え”を植えつけていた。ここに居るママたちは、ホントに“子供想いの良いママたち”だと思う。朋乃も他のママたちからは、“そんな風に見られてるのかな~”なんて考えていた。朋乃は、自分がひどく偽善者に思えた。しかし、他にも朋乃と同じ状況のママも居るかもしれない。表面からは分からないものだ。

ここに居るいかにもママって感じの人だって、“女”には違いないのだ。家庭内で“女”の部分を発揮出来てるのだろうか? 本来なら、外で求めず、夫婦間で発揮出来るカタチが一番いいのであろう・・と、朋乃だって思うのだ。

優菜ちゃんに突かれて、朋乃は“ハッ”と我に帰った。意識が遠くへ飛んでいたみたいだ。朋乃は、自分自身が宙に浮いてるようで定まってない感じに少し危機感を覚えた。


渡邊さんが亡くなって49日も過ぎ、彩香と落ち着いて話せる状態になった。

「あたしをモデルにして描いた絵の裏側に『愛する彩香へ。今までありがとう。この絵をいつまでも大事に持っていてほしい』と書きなぐってあったの。この絵、あたしが貰ってもいいのかな・・って思ってたら、渡邊さんの親類関係者が絵を持って行ってしまったの。『この絵は30万以上の値がつくものなんだぞ! 大事な遺産なんだ!』って」
「わ~、何か相続争いに発展しそうね~。渡邊さんって、奥さんも亡くなってるし子供も居ないから・・これは相当揉めそうね」
「葬儀では、あたしも睨まれたわ。『アンタがよく世話したそうだが、金目当てか!?』『愛人か?!』とかね。怖かったわ。何だか心にポッカリと穴があいたようで、色々といたたまれなくなって、施設を辞めようかな・・って考えてたの。そしたら、所長の奥さんから引き止められた。『辛いだろうけど、辞めるなんて言わないでおくれよ。あの気難しい渡邊さんをよく世話してくれて感謝してるんだよ。アナタはもう、この施設には無くてならない人なんだよ。他のお年寄りたちにも評判がいいんだよ』って。あたし嬉しい。今まで職場でこんなに必要とされたことって無かったから・・」
彩香は涙を浮かべていた。“特別手当”も渡邊さんが亡くなったので、これからは支払われなくなるらしいが、彩香はそんなことはどうでもいい感じだった。朋乃は
「彩香、すっかり良い人になっちゃったな~」
と、喜ばしい反面少し寂しさも感じていた。
「朋乃は何やってるんだろう。悪いコトしているし。何だか自分だけ成長出来てないみたい」
なんて、思っていた。

「彩香、1つ聞いていい。渡邊さんのモデルをしてる時って、どんな感じだったの?」
「うん。じーっと見つめられるとね。体の底から熱くなってくるのが分かるの。よく分かんないけど、あたし、活き活きしてくるの。あ~、生きてることが嬉しいって! じっとしていても全然辛くないのよ。寒さも感じないの。もっと見て! あたしを感じてほしいって!」
「何だか・・・セックスみたい。実際、そんなことしてないのに・・」
「あ、そうそう。セックスよりスゴイかも。だって、もう、こんなの初めて!って感じで・・」
「それを渡邊さんは、黙々と描くの?」
「うん。渡邊さんも普段と違って、凄く活き活きしてるのよ。おじいちゃんなのに、何だか青年に見えてくるの。昔は凄い男前だったんじゃないかなぁ~って思ったわ。あたし、裸になってることは別に恥ずかしくないんだけど、描いた絵を見るとね・・・恥ずかしいの。だって、あたしの全てを!内面まで!・・熱くしているところとか全部とらえていて・・。もう! 恥かしいったら!」
彩香は頬を紅潮させていた。朋乃からしてみれば、人前で裸になるだけでも恥ずかしいけど、彩香の気持ちも分かるような気がした。彩香の体験したことが朋乃には“崇高な愛”に思えてみえていた。その点朋乃の方は、よくある人妻不倫の形態だ。しかし、誰にも負けない愛がここにも存在してる!・・と強気で思っていた。


それから、朋乃と丸山部長は、月に1~2回の頻度で逢瀬をしていた。殆ど、仕事を理由にして時間を作っていた。丸山部長も朋乃を喜ばすことを楽しんでるようかのように思えていた。


そんなある日、朋乃の家のポストに1枚のハガキが届いていた。宛先は高尾からで結婚披露宴の招待状だった。朋乃は驚いていた。何故なら、高尾は“結婚は30歳過ぎでもいい”と、口グセのように言ってたからだ。
「あの高尾も駆け込み婚? 30を前に焦ったんだろうか? お見合いでもしたのかしら?」
などと考えていたら、相手の名前は外国人だった。
「イタリア人っぽい名前ねぇ」

披露宴当日、朋乃は胸元が思いっきり開いた黒のセクシーなドレスで登場した。所帯じみて見られたくなかったし、イケナイ恋の片燐が押さえきれずに表れたのかもしれない。披露宴はイタリアン・レストランを貸しきって行うレストラン・ウエディングだった。そして祝儀は受け取らない会費制だった。

席へ着くと、懐かしい面々が揃っていた。

<第37話終わり、38話へ続く>


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B A B Y  D O L L ~第36話「セックスレスから婚外恋愛へ」
セックスレス・・・オンナとして自信をなくしかけていた。
それが背中を押したのか分からないが、思い切った行動に・・・
もう後には引けない。


※この物語はフィクションです。興味のある方は、サラッと読んでみてくださいネ。


B A B Y  D O L L


~第36話~「セックスレスから婚外恋愛へ」


優菜ちゃんの調子がおかしい。熱を測ってみるとかなりの高熱だった。夜の10時だったが、朋乃は救急指定のある小児科へ時間外診療に駆け込んだ。夫は未だ仕事中だったため、朋乃が陽斗くんも連れて病院へ走らせた。

結果はただの風邪だったので、朋乃はホッと胸を撫で下ろした。しかし、心なしか病院関係者から突き刺さる視線で見られてる気がした。だが、我が子の命には代えられないと思い、気にしないようにした。風邪ぐらいで平気で時間外診療を訪れる患者の“コンビニ診療”が問題になってるが、朋乃は自分は相当してないと思っていた。
「風邪だと思ってバカにして、もし我が子に何かあったら、誰が責任をとってくれるの。我が子は何としてても自分が守らなければならないわ!」

優菜ちゃんがだいぶ良くなってくると、今度は朋乃に熱が出た。病院で点滴を打ってもらい安静にするように言われたが、子育てママはおちおち寝てもいられない。夫がだいぶ介抱してくれたが、仕事で忙しいので限界がある。そうこうしてる間に今度は陽斗くんが悪くなった。続く時は続くもので、朋乃は生きてる心地がしなかった。

1週間後、ようやく家族それぞれが回復へと向かった。高熱騒ぎで丸山部長に頼まれていた仕事に穴をあけてしまっていた。丸山部長は“気にするな”と言ってくれたが、朋乃は自責の念にかられてた。そして
「フルタイムで仕事をするには、まだ早いのかも・・」
と、思うようになった。

朋乃は病み上がりの姿を鏡に映すと、ドキッとした。以前よりも年を取ったようでやつれて見えていた。そんな自分を認めたくなかったが、朋乃も28歳になっていた。朋乃は焦った。まだ老けるには早いと思い、コラーゲン入りやアンチエイジング化粧品をネットで調べ注文した。そして、ついでにセックスレスについても検索してみた。すると、同じような悩みを抱えている人が多いことにホッとしたのだった。

“女性として否定されてる感じ”“女性としての自信をなくす”・・・朋乃はこれらの記述に強く共感した。“何とかしなければ!”と思ったが、解決策は夫婦二人で歩み寄るしかないようである。しかし、それが出来ないから悩んでいるのだ。そして、その果てに癒しの行為と称して不倫を重ねている人妻もかなりいるようなのである。


ある日朋乃は、彩香と互いの子供たちとでハッピーパーク内のレストランでランチを楽しんでいた。

「実は彩香に見せたいものがあるんだけど。コレよ見て! ねえ、渡邊さんってこの人のことじゃない? 何かスゴイ芸術家みたいよ。ホラ、渡邊画伯だって!」
朋乃は、雑誌のインタビュー記事の切り抜きを彩香に見せていた。ただ、その記事は数年前のかなり古いものだった。実家のスクラップ帳の中から偶然見つけたものだったのだ。
「ああ! そう!そうよ!! この人、渡邊さんだわ!」
「彩香! アナタ、とんでもない人の世話をしてるのよ。相変わらす裸のモデルとかもやってるの? だったらスゴイよ! スケッチ程度の絵でもン十万って値が付くらしいよ。アナタの嗅覚ってただもんじゃないわね。ダテに本能女じゃないわ~~! スケッチ、何枚か貰っといたらいいわよ~」
「うーーーん、あたしは芸術のことなんてよくわかんないし~。モデルは時々やってるけど、けしてお金のためなんかじゃないのよ。渡邊さんが喜んでくれるし、あたしも過去には男に邪険に扱われてばかりで自信を失くしていたけど、今は崇めてもらって・・なんか嬉しいし~」

朋乃たちはランチを終え、ハッピーパーク内を散策していると、突然彩香が喚声をあげた。
「ああ・・あれ、大貴よ! そしてその斜め前にいるのが店長・・じゃなくて大貴のお父さん。そしてそれから・・ええーっ!!」
大貴の隣に居たのがフルーツ屋こと奥さんだろう。そして大貴は2歳くらいの男の子を抱っこしている。さらに奥さんはベビーカーをひいており、その中には、まだ首のすわらないような赤ちゃんが居た。
「大貴が抱っこしてる子は、陽斗と同じ位だったから1歳8ヶ月位かな。で、で、もう次の子が出来たなんて!! やだ~、年子じゃ~ん」
大貴ファミリーは幸せそうなムードをかもし出していた。大貴は嬉しそうに子供を抱いているし、奥さんと大貴のお父さんは和やかに話をしていた。その様子に彩香はうつむいて言葉を失っていた。そんな彩香を朋乃はベンチへ座らせ、肩を優しく叩いた。

「そっかぁ・・・大貴、幸せなんだ~。良かったんじゃん。・・・こんなこと言ったら怒られるかな。大貴と奥さん、子供が出来てムリヤリ結婚したんじゃないかと思ってた。だから、すぐ別れるかも・・って! 子供が居たって別れる人は別れるし、あたしみたいに。そしたら、また戻れる?ってどっかで期待してた! でも、バカだったわ! もう笑っちゃう~あははは~」
「大貴と結婚しょうと思ったら、あのお父さんと上手くやれないとムツカシイのかも。何かとしゃしゃり出て口うるさそうじゃん」
「うん、大貴はそういう人を選んだんだね。あたしは、あのお父さんとうまくやれる自信はないわ」
恋愛と結婚の違いってこういうことなんだなぁ・・と二人は思っていた。夫婦って、どこか“適材適所”って感じだ。旦那側の親と上手くやっていけそうなのも条件の1つなのだろう。そう思うと、見合い結婚だって幸せになれるシステムの1つなのかもしれない。


ある日、朋乃がベッドに眠りかけてると、夫が話しかけてきた
「そうそう、来週出張なんだよ~。3日ぐらいね。子供が出来てから久しぶりだなぁ~! 優菜と陽斗に会えないと思うと寂しいけどな。あ、朋ちゃん、浮気すんなよ~! ・・・それもナイっかぁ! 二人も子供をかかえてりゃ~ね。どうせ実家だろ~。電話はくれよな! 子供たちのオヤスミを聞かないと1日が終わらないんだよ~。じゃ、寝るよ、オヤスミ~」
夫はそのまま、くるっと後ろを向いて寝てしまった。キスもない。
「浮気すんなよ~って言うぐらいなら、浮気心を起こさせないくらい、素晴らしいエッチをしてみせてよ!」
と、朋乃はグーで枕を殴り、聞こえないくらいの声で呟いた。

しかし、朋乃は我に返って、冷静に考えていた。
「ちょっと待ってよ! コレって、チャンス!?」
朋乃は“良からぬ考え”を思いつき、段々と興奮して眠れなくなってきた。


夫の出張の日、朋乃は丸山部長と約束を取り付けていた。しかも、夜に会うことになり
「たまにはお酒を飲みながら悩みを聞いてほしい」
と、いうことになっていた。子供は実家へ置いたまま、朋乃はオシャレをして夜の繁華街へと繰り出して行った。

「わ~い! 夜遊びなんて久しぶり~! 第1子の妊娠以来初めてよぉ。もう毎日子育て子育てでストレス溜まりまくりよ~。たまにはこうして出かけて飲んで発散しなきゃ~!」
「朋乃チャン、深刻な悩みって何だよ?」
「うん。辛気臭い話はあとあと。まずは食べて飲んで楽しみましょう!」
「今日は何時までいいのかい?」
「も~、そんな野暮なコトは聞かない! 今日は上岡課長が出張だーって、まるっちだって知ってるでしょ!?」
「ま、まるっち??!」
朋乃は早くも酔いが回ってきた。
「もう組織の人間じゃないから、部長とか固苦しく呼ばなくていいのでは?親しい仲なんだから」
朋乃はそう提案すると、丸山部長は苦笑しながらも受け入れてくれた。朋乃は会社の近況や噂話など根堀りはほり聞き、自分の子育てのこととかを鉄砲球のように語った。丸山部長は、朋乃に対しては一切自分の家庭のことや子供のことを話さない。しかし、朋乃は構わず話す。

場所を移して、朋乃が以前から行きたかったカフェバーに入った。オシャレで静かな雰囲気である。朋乃は丸山部長の隣へ密着してソファへ座った。
「助けて!まるっち。朋乃、もうどうにかなりそう。女として自信喪失。生きていく気力がないわ」
「ななな・・一体どうしたんだよ。子育ても立派にやってるし、素敵なママだよ。女性としても魅力的だよ~」
「ありがとう。でも、誰もそんな朋乃に手をかけてくれないし、愛してももらえないのよ」
「旦那さんにとっても愛されてるじゃないか~」
「夫とは、もう3年ありません!」
「えっ・・・あっ・・・うーーん・・」
「ごめんなさい。唐突過ぎた? でも、まるっちのせいだよ」
「何で?」
「ずーっと、まるっちのこと好きだったから、まるっち以外に触れられたくなかったの・・」
朋乃は丸山部長にしがみつき、しばらく沈黙が続いた。朋乃は静かに涙をこぼしていた。
「ずっーとこうしていたい。このまま時間が止まってしまいたい」
「朋乃チャン、こんなこと良くな・・・」
朋乃は、自らの唇で丸山部長の唇を塞いだ。
「責任取ってねっ」
朋乃は悪戯っぽく笑ったが、すぐに丸山部長に抱きついて泣いた。
「もう1度、朋乃をオンナにしてよ! 初めてキスした時みたいに。4年の空白、埋めて! 心の奥から癒して! 助けて! 女として生き返らせてよ!」


二人は、二人が初めて結ばれた“思い出のホテル”でひとつになった。抱き合った。お互いは激しく抱き合った。朋乃は生まれて初めてオルガスムスを知った。何と表現してよいかわからないが“すごい!! こんなの初めて~!!”って感じだった。奥深い所で愛と幸福を感じる。朋乃は、生命を吹き込まれたかのように、細胞の1つ1つが生き返ってる感じを味わっていた。

夫としても痛いだけだったのに、どうしてなんだろう。心は正直?体は正直?・・に反応するんだろうか。夜も更けると、二人は帰る準備を始めた。朋乃は一晩中一緒に居たい気持ちだったが、お互い、帰る場所があるゆえ、しかたがない。丸山部長は時折遠くをぼんやり眺めている。やはり罪悪感を思っているのだろうか? でも、今はお互い様、共犯者である。
「まるっちを全部奪ったりはしないよ。奪うのは心だけ」


帰りのタクシーで、朋乃は事の重大さを現実的に受け止めていた。
「やってしまった・・。でも、もう後戻りできないわ!」
子供を持つと自分の時間が限られてくるため、迷ってる時間はなく、何ごともサッと決断しなければならない。・・でないと、チャンスを逃すし、後悔しても遅い。朋乃は、やって良かったと自己肯定していた。

携帯に彩香から着信が3件入っていた。しかし朋乃は
「もう夜遅いし、明日にしょ~っと! 今日はこの幸福感のまま眠りにつきたい」
と、思い携帯を畳んでバッグにしまったのだった。

<第36話終わり・37話へ続く>

テーマ:恋愛:エロス:官能小説 - ジャンル:小説・文学

B A B Y  D O L L~第35話~「ママだけで終わりたくない」
心の奥でモヤモヤ、いったい何を切望しているのだろう。


※この物語はフィクションです。興味のある方は、サラッと読んでみてくださいネ。


B A B Y  D O L L


~第35話~「ママだけで終わりたくない」


朋乃の第2子は男の子で『陽斗(はると)』と命名された。子供は2人、男の子と女の子を1人ずつほしかったので、当初の希望通りである。体外受精の際に“男の子がほしい”と訴えたことが、希望通りの性別に繋がったのかどうかは判らないが、とにかく嬉しかった。

あっという間に半年が過ぎたが、未だ仕事は再開していなかった。子供を2人もかかえていると、自宅での仕事はなかなか難しい。保育園に預けようかとも思ったが、通勤ならばそれも出来るが、在宅ワークでしかもそれほど仕事量もないならば保育料が勿体ない。妊娠前から始めたフィナンシャル・プランナーの勉強も、中断されたままになっている。マイホーム関連に意外と時間を取られてしまったからだ。


朋乃は新築の家に彩香を招待した。彩香との付き合いも長くなったが、家に呼んだのは何と初めてなのである。引っ越す前のボロい社宅は見せたくなかったし、お互いの家は歩いて行ける距離ではないので、マイカーを持っている朋乃が彩香の家に行くことが多かったのだ。
「わ~~! 素敵!素敵! 可愛い!! 広い~! そしてオシャレ~! いいなぁ~!こんな家に住めるなんて~。羨ましいわ~」
彩香の感想は、とにかく思いつくだけの褒め言葉を並べてるだけだったが、悪い気はしなかった。
「うふふふ~。幼い子供が2人も居ると、なかなか片付かなくってぇ~」
と、言いながらも手作りの焼き菓子をプレートにキレイに盛って、香り高い紅茶も一緒に出してもてなした。だいぶ大きくなった優菜ちゃんと美月ちゃん、そして桃花ちゃんは、おもちゃを引っ張り出して仲良く遊び始めた。

「へぇ~、男の子の赤ちゃんって可愛いのね~~」
「・・・彩香、元気になって良かったよぉ~!」
「うん、何とかね。新しい習い事も始めたし、当分恋はもういいかなぁ~って感じ。あ、そうそう、大貴からね、『家族が増えました』のハガキが着たわ。家族全員で幸せそ~に赤ちゃんの写真が載ってたわ」
「いや~ね、当てつけで~。 ソレ、きっと嫁が送ったのよ」
彩香は、シングルマザーの就業支援の制度を利用して、介護ヘルパーの資格を取る勉強に通ってる。将来を考えて何か資格をとってキチンとした仕事をしたほうがいいと考えたのだ。ちゃんと自立すれば、男に依存したりしないで済むのではとも思ったのだ。
「平日は子供を預けてスクールに通って、土日にレジの仕事してるの。今日はスクールがたまたま休みになったんで、やっと朋乃さん家に遊びに来れたんだけど。シングルマザーだと、保育料も安くて助かってるわ。土日はママが看てくれるわ。生活費が少なくなったけど、今はママが何とかするから頑張りなさいって!応援してくれてるの」
「え~、じゃあ、子供たちとあまり接する時間ないね~! 大丈夫なの?」
「うん。今は仕方ないわ~。生きていくためだし、子供たちも分かってくれてると信じてるけど・・」
「彩香が勉強なんてね! ホント信じられないくらい真面目になっちゃったのね~。・・・って言って・・、実は新恋人とか居たり? 何たって途切れることのない彩香だものね」
「うーん、恋とかとは違うんだけど。老人施設にね実習に行ったのよ。そこであるおじいちゃんからとっても可愛がってもらえるようになったんだけど・・・」
「彩香って、その仕事合ってるかも! 天職って感じだわね~。おじいちゃんたちから好かれそうだし~」


彩香が頑張って勉強をしていると聞くと、朋乃は勉強を中断してることがいたたまれなくなった。朋乃は、日々生活に流されてることが自己嫌悪になった。朋乃は“よしっ!”と気合を入れ、思い切って子供2人を日中実家に預け、自宅に戻って一人の時間を作って勉強に専念することにした。

朋乃の母親からは
「未だ子供が小さいのにぃ~。 勉強だの仕事だのは、もう少し子供が大きくなってからでもいいんじゃなーい」
と、文句も言われたが
「今やっておかないと、後からでは遅いのよ!」
と、説き伏せ強引に押し付けた。朋乃は昔から、自分の欲しいものには何としてでも押し通す所があった。

週に3日くらい実家に子供を預かってもらい勉強を続けた結果、とうとうフィナンシャル・プランナーの資格を習得した。子供を預けることが習慣化すると、今度はむしょうに働きたくなり、丸山部長に仕事再開をお願いした。しかし、思ったほど仕事量が多くない。全然満足できないので、別の仕事を探したほうがいいのかも・・と思うようになった。

その前に朋乃は資格を取ったことに対して自分へのご褒美をしたいと思い、彩香でも誘って美味しいものでも食べようと計画した。忙しそうな彩香だけど、誘ってみるとあっさりOKが出たので、約束の日に二人は互いの子供も引き連れ、ハッピーパークのレストランへランチを食べに入った。

このレストランは仕切りがしっかりあって個室風なので、子連れでも入りやすい。しかも座敷なのに、メニューは一般的な定食もお子様ランチもあるのだ。ただ、ランチの値段が1200円と若干高めだ。彩香には大丈夫なんだろうかと心配になった朋乃だったが
「大丈夫よ。 実は就職が決まったの! 正社員として採用されちゃった! 給料もパートの時とはぜんぜん違うし、昔だったらまずこんな豪華なランチは食べられなかったけど、今は違うのよ」
朋乃は唖然とした。
「彩香が正社員なんて!」
まさか仕事面で先を越されるとは思ってもなかったので、ショックを受けていた。でも、それを顔には出さず、負け惜しみでこう言った。
「あら! おめでとう! 良かったわね。実は朋乃もね、フィナンシャル・プランナーの認定資格試験に合格したの! お互い、おめでたいわね。お祝いの乾杯をしましょう!」
「ええ~! すごいわ!! おめでとう朋乃さん! あたしの資格は誰でも取れるけど、朋乃さんのは、なかなか取れるものじゃないじゃない! すごい、すごい」
「就職って何所? スーパーの方が正社員になったの?」
「ううん、介護ほうよ。老人施設に正式に採用されたの。今日はね、夕方から勤務だから、朋乃さんとの時間が取れたの」
「勉強が生かせて良かったじゃな~い。仕事は老人相手で大変そうだけど、がんばってね!」

「この間話したおじいちゃんのお陰なの。お金持ちで豪華個室に入っている人で、その人が、あたしをこの施設で働けるように所長に頼んだみたいなの」
「まさか! その老人と男と女の関係?」
「やぁ~~だ違うわよぉ。でもそのおじいちゃん、あたしのことスゴイお気に入りなの。渡邊さんって言うんだけど。今ね施設では、おじいちゃんとかおばあちゃんって呼んだらいけないのよ。名前で呼ばないといけないのよ。あ、渡邊さんなんだけど、今84歳でちょっとボケが入ってるの。妻にも先立たれ子供も居ないみたい。よく分からないけど、芸術家みたい。絵とか彫刻とか、短歌なんかもするみたい。変わり者で親戚も誰も面会に来ないんだって! 従業員にもあまり好かれていなくて、何だか可哀相。皆、渡邊さんの所に行くのを嫌がって、あたしに押し付けるの。あたしも最初は嫌だったけど、そんなに悪い人でもないんだけど・・」
彩香によると、渡邊さんは、彩香をモデルに絵を描いたり、短歌を詠んだりしてるのだそうだ。そして彩香のカラダを果物や花に例えたりして、ブツブツつぶやくのを不気味に思っていたが、ある日“脱いでほしい”と頼まれたのだそうだ。彩香は、直感で悪いことはしない人だと思ったので、上半身だけ裸身をさらしたそうだ。

すると渡邊さんは、涙を流しながら
「ああ・・美しい、美しい。女神よ・・」
と、手を合わせたのだという。それ以来、彩香は渡邊さんに時々裸を拝ませるようになった。その度に崇められるのだと言う。軽く身体を触れることもあるが、とても優しい触りかたをするのだという。軽く触ったり見るだけで、けして押し倒したりはしないのだという。彩香も崇められるのは悪い気はしないというが、気になるのは、給料に“特別手当”と称して数万円上乗せされてることだ。
「いいんじゃな~い。特別手当、貰っておいても。そのじいさん、野蛮なことはしないから、バイシュンとは違うだろうし。でもスゴイよね~!彩香。よくそのじいさんに裸見せたり出来るねぇ~! 朋乃だったら、絶対嫌! 気持ち悪いわぁ~」
「あたしは不思議と嫌じゃないの。こんなカラダでもとっても喜んでくれてあたしも嬉しくなるの。何なんだろうな?恋愛とは違うし。でも何故か渡邊さんを愛おしく感じるの」
「それこそ、究極の介護よ! 愛のボランティアとでも言うのかしら」

子供たちは、二人が話してると時々ちゃちゃを入れて、話が中断されることもしばしばだが、子供たちに構わずかなりキワドイ話を続けていた。おそらく意味はわからないであろう。ランチの内容には満足したが、話題の中心を彩香にさらわれてしまって、朋乃は面白くなかった。彩香は、ホントに次ぎから次へと刺激的な話題を提供してくれる。


彩香と別れて自宅に戻って、朋乃は優菜ちゃんと陽斗くんを昼寝させると、ぼんやりと考え事をしていた。
「朋乃は刺激のない毎日を送ってるよね・・。たしかに、二人の子供の寝顔を見ていると幸せよ。でも、このままでいいの?」
と、自問自答していた。そして
「何で、結婚して子供作りたいと思ったのかしら! 満足いくほどの仕事をしたり、刺激的なことを求めるのなら、結婚も子供もないほうがいい。いっそ結婚も子供もいらないと思えるような人になりたかった! ・・ああ来世はそんな風に生きてみたいわ・・」
夫はたいへん家族想いだ。子供のことをとても可愛いがる。特に優菜ちゃんとは、恋人同士のようにすら見える溺愛ぶり。休日は家族4人でよくお出かけもする。誰が見ても幸せそうなファミリーだ。

しかし、朋乃と夫は世に言うセックスレス夫婦。

「朋乃はママだけど、オンナでもある。オンナを持て余しているよね。もっとオンナとして扱われたい。さらに、ママだけど、自分の能力を持て余しているよね。もっと社会で生かされてもいいはず」
朋乃は心の奥で、何かを切望していた。

<第35話終わり、36話へ続く>

テーマ:自作恋愛連載小説 - ジャンル:小説・文学

B A B Y  D O L L ~第34話~「本能女」
月並みだけど、結婚と恋愛は違うの?

※この物語はフィクションです。興味のある方は、サラッと読んでみてくださいネ。


B A B Y  D O L L


~第34話~「本能女」


「たまにはケンカもいいと思うよ~。人間同士なんだから、時にはぶつかり合いもあるさ! 大事なのはね、その後のフェローだよ」
朋乃は思い余って丸山部長に彩香とケンカになったことを相談した。もちろん仕事のついでである。顕微受精で妊娠したことを告げると
「おめでとう! 朋乃チャンよく頑張ったね」
と、なだめてくれた。
「彩香の気持ちも一応分かるのよ。ホントは自分が妊娠したかったのに、婚約者や朋乃に先を越されちゃったし。でも前は朋乃が逆の立場だったんだからね! でもさ~、朋乃はめっちゃ妊娠しにくいのよ。今回はすごく努力しての結果だし、前回もそうだったし。その点、彩香はカンタンに妊娠できる体質なんだから~!」
「だからって、上から目線な態度はどうかと思うよ。それに、彩香さんが悲しんでるのはそのことじゃないと思うよ。大貴さんのことが好きで、純粋に大貴さんの子供がほしかったんだろうよ。朋乃チャン、失恋ってしたことあるかい? あれはかなりの痛手なんだよ。もう死にたいぐらいのね。そんな悲しい目に遭ってる彩香さん、友だちなら思いやりの言葉ぐらいかけてあげてもいいと思うけどなぁ」
「そういえば失恋はしたことないわ。だから気持ちが分からないし、どう声をかけてよいのか分からないのよ。丸山部長はあるの?」
「ああ~もう失恋ばかりだよ~。だって、この容姿だろ~! 一応コンプレックスだったんだよ。早く社会人になりたかったなぁ。仕事が出来れば・・ホラ、まずモテるだろ! 男は! だから頑張ったし、後は心が大事だよ! 古臭いけどね。 何ごとも真剣に! そして心で捉える。・・あああ、話が反れた。そうそう、失恋も直後は混乱するけど、けして悪いことばかりじゃないのよ。成長できるしね」
丸山部長は笑いながら答えた。朋乃は高尾のことを思い出した。“自分を成長させてくれた恋”と言い切っていたし、凛としててキレイで格好良かった。朋乃はそんな経験をしていないことに対して、何か大事なものを置き忘れてきたような気持ちになった。

「いつも強気の朋乃チャンがさ~、絶対自分が正しいと思ってる朋乃チャンがさ~、こんなことをわざわざ相談するってことは、よっぽど気にかかっていたからなんだろ?」
「ま、まあね・・」
「ならば、ここは朋乃チャンが折れるしかないねぇ~。年長者のほうが大人な態度を示さなきゃ~! このままじゃ~スッキリしないだろ?」
朋乃も謝りたい気持ちはあったのだが、プライドが邪魔をしていた。でも丸山部長の言葉で背中を押されて、後日、彩香の家を訪ねた。


地元で大人気のスイーツを持参し、ブザーを鳴らずと彩香のママが出た。彩香のママはスイーツの箱を見て
「悪いねぇ~」
と、喜んだが何かを察したように彩香を連れ出し、二人だけで外で話すように諭した。優菜ちゃんは彩香のママが看てくれることになった。
「彩香、ごめんね。すごく辛かっただろうに、キツイこと言ってしまって・・」
二人は、近くの公園の駐車場に車を停めて車内で話していた。
「ううん、ごめんなさい。あたしのほうこそ悪かったわ。あの時はホント気が動転していて・・自分でも訳わからないこと言ってたわ。あ、それから・・朋乃さん、妊娠おめでとう!! ホントはあの時言うべきだったのに・・ホントあたしダメだわ~。朋乃さん、今大丈夫なの?悪阻とかは・・・」
「うん、ありがとう。今回はわりと軽いほうで・・大丈夫よ! 今、10週目に入ったところ。 赤ちゃんも元気よ!」
しばらくは妊娠・出産ネタで二人は盛り上がったが、大貴のことについては彩香のほうから切り出してきた。

「あたし、あのスーパー辞めて、今別のスーパーで働いてるの。店が変わってもレジもちゃんとやれてるし、ホント大貴のお陰だわ! 今までは大貴が居てくれることで守られてるような安心感があったけど、今は大貴がいなくても、もう大丈夫なんだなぁ~って思ったわ」
「恋って人を成長させてくれるんだね。彩香、強くなったよ! いや・・元から強い人だったのかも」
「うん。大貴と出会えて良かった。・・・でも結婚と恋愛って違うのかな。実は大貴のお父さんでもある店長から言われたの。あたしたちが付き合ってたことはずっと前から知ってたみたい。『結婚と恋愛は違うんだぞ。息子は大事な跡取りだから、手を引いてくれ! 頼む!! 実はアンタのこと調べた。随分と男性遍歴があるじゃないか! 身持ちが悪いのは嫁としては困るんだなぁ。退職金も出すから』と、頭を下げられたの」
「いや~ね、興信所使うなんて! 何かとしゃしゃり出るお父さんて、結婚してたら大変よぉ~」
「婚約者のことも教えてくれたわ。御幸町商店街のフルーツ屋の娘で29歳。大貴よりも2つ年上で、“ミス御幸”にも選ばれたことがあるんだって。清楚でキチンとしたお嬢さんらしいわ」
「え~29歳!? それって典型的な駆け込み婚じゃなーい! 彩香のことを色々言うけど、そのフルーツ屋だってかなり理由ありに見えるわ! 29歳でお見合い婚よ。ぜったい過去があるわよ! 恋愛に嫌気がさしたから、お見合いなんて選択にしたんじゃないかしら。“清楚なお嬢さん”ですって? 笑わせないでよ! 今に化けの皮が剥げるから~」
「あははは~! 朋乃さん、ありがとう~。でも大貴はそのフルーツ屋を選んだんだし。仕方ないわ。もう・・いいの。でも大貴は、『彩香のことを愛していた。これだけはホントだった!』って言ってくれた。でも、やはりお父さんから聞いたことが気になっていて『彩香を幸せにする自信がないんだ。俺は小せえ男なんだ。許せ彩香! ああ~でも、今でも好きなんだよ』って」
「反対を押し切ったりとか・・乗り越えることは出来ないのね。・・・そんな男よ、大貴は。結局世間体を気にする男なのよ! ズルい男だわ! ・・あ、ごめんね。大貴のこと、酷く言うつもりはないんだけど・・。しかし、でも何でフルーツ屋とあっさり子供作ったんだろう?」
「いいよいいよ。あたしも大貴のこと好きだけど、憎い気持ちも同じくらいあるの。許せない・・って気持ちも! ・・・そうなんだよね。あたしには、子供が出来ないようにしてたから、そういうところは慎重な人なのかと思ったのに。大貴の言い訳は、『彩香を早く忘れるため』って言ってたけど。でもフルーツ屋と付き合ったのは、ホントに最近らしくて、初めてフルーツ屋と飲みに行った時に大貴、酔ってしまったとか・・・」
「わあああ、それ怪しいわ! フルーツ屋、清楚な振りして油断ができない女だわ。ああ~嫌だ! 女って。そういう動物的なところ!」
「あたしも人のこと言えない。“本能女”とか言われたし」
朋乃は、大貴のことが少し気の毒に思えた。気骨のあるいい男なのに、二人の“本能女”から迫られ食われたのだ。一方は分かりやすいタイプの彩香、そしてもう一方は清楚の皮を被ったフルーツ屋。
「ああ~女ってコワい!」
と、朋乃は今さらながら思っていた。
「大好きな大貴の子供・・・ほしかったなぁ・・純粋にほしいと思ったのに」
しかし、彩香も前よりスッキリした感じが見受ける。やはり、胸につっかえてること、全て吐き出して喋ってスッキリした方が良いのかもしれない。とにかく彩香と仲直り出来て良かったし、以前よりももっと仲が深まった気がしたのだ。


朋乃の第2子妊娠生活も順調に過ぎ7ヶ月目に入った。携帯が鳴り彩香からだったが、電話の声は彩香のママからであった。
「彩香が元気がないから来てほしい」
とのことだった。大きなお腹で朋乃は駆けつけると、彩香のママが玄関に出た。
「ああ~! 朋乃ちゃん、オメデタだったのね! 身重なのに無理言ってごめんね~」
リビングに通されると、テーブルの上に豪華なフルーツのかご盛りがデンと置かれてあった。彩香は暗い顔してずっとうつむいたままでいた。
「彩香の元彼の妻とかいう女が押しかけて来たんだよ。『この泥棒猫! いいかげんに夫と別れなさいよ!』ってさ。ご丁寧にこんなもの(フルーツのかご盛り)まで持ってきちゃってさ。『なんだよ! アンタこそウチの娘の男を奪ったんじゃないか! 男は娘のほうを深く愛していたんだゾ!』って、言い返してやった。その女、これよ見がしにデカ腹さすってさ~、『あら残念! 彼は私と結婚したんですから~。結婚前はね、男だってまあ遊びたいじゃない。それは許してきたけど、結婚後は困るのよね』だと。彩香とは、けして遊びなんかじゃなかったと信じてるよ。あの女、身重じゃなかったら殴ってやったさ! ・・・そういえばお腹の出具合、朋乃ちゃんと同じくらいだったなぁ」
彩香の子供たちは何も知らずに無邪気に“メロン、メロン♪”と、はしゃいでいた。彩香のママは
「子供たちを公園で遊ばせてくる」
と、朋乃の子供も連れて一緒に出て行った。

「彩香・・・まだ別れてなかったんだ・・」
「別れたわ。けど、結婚後に大貴がね『結婚生活はストレスだらけだ。彩香を選ばなかったから罰が当たったんだ。やはり彩香が好きだ』ってね。でもね、そんな弱くてズルいそんな大貴が好きなの。『彩香と居る方が安らぐよ』と、言われると役に立ってるみたいで嬉しかった。離れられなかったの・・・・自分でも情けないと思うけど・・・・。でも、でも、もう・・ホントにホントに別れなきゃ! 悲しいけど、辛いけど・・・」
「辛かったね・・。いっぱい泣きなよ! 思ってることも全部吐き出して・・。いい恋だったと思う。こんなに深く愛し合える人ってなかなか出会わないわよ。巡り会えただけでも素敵なことよ。でも、次はもっといい恋に出会えるかもよ」
朋乃は泣きじゃくる彩香を抱きしめてあげた。
「おそらくフルーツ屋は自分の妊娠の数週と同じくらいなのかもしれない。・・ってことは、朋乃が胚移植をした頃、フルーツ屋と大貴は交わったということだ。妊娠するとホルモンの影響で精神的に不安定になる。だから、結婚してもフルーツ屋は常に不安定で、その生活に大貴が逃げ出した形なのだろう。彩香も辛かっただろうけど、フルーツ屋もかなり辛いだろうな。妊娠中に夫の不倫なんてね。しかし、この結婚生活、前途多難だわ」
と、朋乃は口に出しては言わなかったけど、そう心の中で呟いていた。
「ありがとう朋乃さん! いっぱい泣いたら何だかスッキリしたわ! もう大丈夫よ。朋乃さん、元気な赤ちゃん産んでね! ・・・あ、それから、メロン1個持っていかない?」
フルーツ屋から貰ったものだと思うとちょっと気が引けるが、メロンに罪はないので遠慮なく貰って帰ることにした。


あくる日、朋乃は社宅のママ友集会のときに、突如挨拶を始めた。
「今までお世話になりました。実は明日、引っ越します! 山の手ニュータウンに家を建てました。良かったら遊びに来てよね」
ママ友たちは、目を白黒させて驚いていた。
「すごいわね~! 順調にすぐに二人目の子が出来ただけでも幸せなのに、その上マイホームまでなんて!! いいわね~! 順風満帆でね~~」
しかし、朋乃は強気で思っていた。
「マイホームだって、地道に貯金した結果だし、二人目の子も、皆は順調にすぐに授かったなんて言うけど、顕微受精なんて誰も思わないだろう。羨ましがられるけど、努力なしではけして得られないわ。二人目宣言をした人は、“未だ“みたいだったが・・」
その二人目宣言をした人が言い放った。
「ねえ! 今度みんなで遊びにいきましょうよ! ねっ、ねえ~みんな~!? お家と赤ちゃん見せてよねっ!」
この彼女はママ友の中で最も気のいい人であった。


新築の家は朋乃の希望通りに出来ていた。レンガ作りの欧風住宅。可愛らしくて、まるでお菓子の家のようだった。朋乃は身重なので、ゆっくりと荷物を解きながら“巣作り”に励んでいた。

そして、2ヶ月後、月満ちて朋乃は待望の男児を出産した。

<第34話終わり、第35話へ続く>

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B A B Y  D O L L ~第33話~「不妊治療」
誰しも「待つ」のは苦手です。そんな時はどうやって過ごそう・・?
そこにその人の真価が問われる。


※この物語はフィクションです。興味のある方は、サラッと読んでみてくださいネ。


B A B Y  D O L L


~第33話~「不妊治療」


朋乃は彩香を車に乗せて、いつか丸山部長に教えてもらった“とっておきの場所”へ連れて行った。テイクアウトで買ったスターバックスのコーヒーを開けて、目の前に広がる海の景色を眺めながら会話をした。

「いい所ね! 今度大貴と一緒に来たいわ」
「ふふふっ! ここはとっておきの場所なのよ。 ・・さて、大貴と何かあったの?」
「ケンカとかじゃなくって、まあ、うまくはいってるんだけど・・。大貴、ずっと前からあたしと一緒になりたいとか言っておきながら、いっこうに進展しないのよ」
「あら、なんだ~! うまくいってんじゃん。別に悩みってほどでもないじゃん」
しかし、彩香は未だ言い足らなさそうな不安そうな顔をして言った。
「でも・・、いつまでもこれでいいのかな・・なんて不安になるのよ。いったい、ホントにあたしと結婚する気があるのかしら? いったいいつになったら・・」
「愛はゆっくり育んでいくものよ! 焦らない焦らない! 結婚結婚って相手に迫ると逆に逃げていくものなのよ~」
朋乃は、自分のことは棚に上げて、よく言うよな~なんて思っていた。自分の結婚は付き合って2ヶ月程で決まったし、今も二人目の子作りは“早く早く”と焦ってる状況だ。

「そうだよね~。あたし、ちょっと焦ってたよね。・・・んとね・・、彼ね、エッチの時ちゃんと避妊してくれるのはいいんだけど・・・、たしかに嬉しいんだけど・・、最近ね、それがね、ちょっと寂しかったり・・するの。あっ、こんなこと言ったら怒られるよね・・・」
「ちょっと、ちょっと! またできちゃった婚・・を狙ってる?」
「そ、そんな~~!! そんなつもりは・・ない・・つもりだけど。 でも、毎回キチンとするってことは・・彼はできちゃったら・・はマズいのかなぁ・・なんて考えて切なくなるの」
「前はそれでうまいこと結婚できたけど、その手は毎回使えないわよ~! でも、結局は離婚しちゃったでしょ~。やはり、ゆっくりと愛を育むってことが大事なのよ」
「男の人に“避妊して”も言いにくいけど、“避妊しないで”も言いにくいのね」
「たしかにね! でも、どうしても・・って言うんなら、二人で話し合うのね。あと、あまりお勧めしないやり方だけど屋外なんかでいきなり迫ってみるとか・・」
「・・・あの・・実はね・・・内緒の話なんだけど、前はね、そうやって美月ができちゃったの・・。何だか朋乃さんから、あたしのこと、すべて見透かされてるみたい」
彩香は顔を赤らめて下を向いていた。朋乃は、“おっと!ヤバいヤバい”と思いながら平静を装った。 そんな会話を延々としていたが、結局はゆっくりと愛を育むという模範的な回答で締めた。


数日後、ついに朋乃は不妊専門病院にて採卵の日を迎えた。内診で15個の卵胞を確認でき、静脈麻酔の全身麻酔下で行うことになった。採卵室に入ると、そこはいかにも手術室という感じだった。朋乃は緑色のベッドに仰向けになり、足を開かされ更に足を固定されると、緊張感もピークに達した。ナースから
「頭がボーッとなる注射をしますよ~」
の言葉を最後に意識が遠のいていった。

気がつくとリカバリー室のベッドで寝ていた。採卵は、あんなに緊張していたのに呆気ないくらいアッという間に終わった。1時間程ベッドで休んだ後、診察室へ呼ばれ、後処置をして、ドクターと面談となった。採卵の結果通告である。

ドクターによると、タマゴは15個採れたが、未成熟卵やグレードの低い卵もあり、使えそうなのは10個ほど。体外受精よりもダンナさんの所見を考慮して顕微授精の方を勧めると言った。それから、今周期は胚移植はしない方がいいと言われたのだ。
「タマゴも沢山出来たし、その分卵巣にかなり負担をかけたから、出来れば今回は全胚凍結をして、次の次の周期に自然周期で胚移植をした方が妊娠の確率が高いでしょう」
「・・・そうなんですか。高度生殖治療って、けして最短距離ではないんですね。わかりました。では、そうします。あと、お願いがあるんですが・・・」
朋乃は、少し上目使いでドクターの目をじーーっと見つめながら言った。
「男の子がほしいんですけど!」
「おいおいおい・・現在では、医師の手による産み分けは禁止されてるのだよ。それは残念ながら希望に沿うことは出来ないよ」
しかし、朋乃は微笑み、得意の甘ったるい声で
「ではセンセイ、よろしくお願いしまぁ~す」
と、頭を下げて診察室を後にした。確かにドクターの言う通り、現在では産み分けは倫理的な問題で禁止されている。しかし、現代の医学では産み分けは実は簡単だと言われている。精子をある特殊な薬剤にかけると、Y染色体精子とX染色体精子とに分離するので、希望する性別の精子を使えばよいだけだ。朋乃はそのことを知っていてカマをかけてみたのだ。しかも、こういった研究室に毎回捜査が入るとは考えにくい。法の目をくぐりながら実際はやってるのではないか・・などと考えたのだ。


採卵を終えた後日、朋乃は副作用で下腹部の腫れと痛みで、実家でしばらく寝込んでいた。数日後、何とか回復して社宅に戻ると、ママ友の1人が駆け寄って来た。二人目宣言を堂々とした人だ。
「えーーん、生理来ちゃった。撃沈!」
と言うと、朋乃は、内心悪いと思いながらもホッとしていた。そして、他の仲間のことがすごく気になった。朋乃と同じ病院に居た人はどうだったのだろう。朋乃は、今周期と来週期は妊娠不可能なので、早まる気持ちを抑えるに苦労した。
「色々と考えても仕方がないし!」
気持ちを他へ向けるため、朋乃はフィナンシャル・プランナーの資格習得の通信教育を申し込んで勉強を始めた。あとは、建設中のマイホームのインテリアを考えたりしながら過ごした。


あくる日、彩香から電話があった。この間の相談の続きだった。
「思い切って屋外で迫ってみたわ! でも、この場所では落ち着かないとなだめられた・・。別の日にホテルに行った時、『いつも隔たりがあるみたいで寂しいの。直接大貴を感じてみたい。今日は生理前で大丈夫な日よ・・』と言ったら『安全日なんてないんだよ。君を悲しませたくはない』と返ってきた。大事にされてるのは嬉しいんだけど・・」
「もうやめなよ彩香! 大貴の言うことはマトモだよ。そんなことばかり考えてないで、もっと趣味とか持って、何か別の楽しみを持ったほうがいいよ。そしたらあんまり考えなくなるからさぁ~。気持ちに余裕を持っていないと、結婚には至りにくいのよ」
朋乃は、実は自分に言い聞かせるように言っていたのだ。


約2ヶ月が経過して、朋乃にやっと胚移植が出来る日がやってきた。移植する前にドクターと面談があった。
「子宮に戻す胚は君の年齢では1個だけだよ。多胎を防止するためにもね」
「たしかに産婦人科学会のガイドラインではそのようになってるけど、それって法律ではないでしょ! あくまでもガイドラインであって。出来れば2個戻してほしいなぁ~」
「その通りだよ! 君はよく存知てるなぁ。そこまで言うのなら2個戻してあげよう。ただし、一番グレードのいいのを1個とちょっと良くないのを1個だよ。多胎は防ぎたいだろう?」
朋乃はそれで承諾した。朋乃は顕微授精をするにあたって非常によく勉強をしていた。高度生殖治療は、朋乃のように頭いい人にはうってつけの生殖方法なのかもしれない。再び、手術室のような所で胚移植は行われたが、今度は麻酔なしで器具やカテーテルを入れられ痛かったが、移植はアッという間に終わった。

それからは、なるべくゆったり過ごすように心がけていた。そして、あまり考えないようにするために、日中は社宅を出て実家で過ごすようにしていた。社宅のママ友たちのことを気にしたくないからだ。


それから数週間が経ち、彩香から電話があったが、涙声でかなり興奮していた。これはただならぬ状況だと察した朋乃は、彩香のもとに駆けつけ、海の見えるとっておきの場所へ連れていった。
「別れてほしいって大貴から言われた時は、まあ、仕方ない・・って思った。冷静に考えたら、こんな2人の子持ちと一緒になるなんて、簡単なことじゃないしね。でも、それが理由じゃなかったの」
「じゃあ何?」
「婚約者が居たの。でも、その婚約者は親が勝手に決めた女性らしくて、大貴は乗り気じゃなくて、その女性とは付き合ってもいなかったらしいの。でも・・でも・・・その女性に赤ちゃんができたらしくて・・・その・・・」
泣きじゃくる彩香を朋乃は抱きしめてあげた。
「それはショックよね・・」
「もう、すごいショック! あたしとは絶対に赤ちゃんができないようにしていたくせに! その女性とは!!」
「婚約していたのなら、赤ちゃんを作ってもいいんじゃない! できちゃった婚とは違うでしょう」
「朋乃さん! どっちの見方なのよーっ!」
彩香はかなり怒り口調だった。かなり感情がもつれているようだった。朋乃もそれにつられるように売り言葉に買い言葉になった。
「だいたい、彩香の考え方がオカシイわよ! 妊娠を!子供を結婚のキッカケの道具にしょうとするなんて! 大貴はそんな彩香に嫌気が差したんだわ。本能だけで生きるような女より、ちゃんとした“お嬢さん”の方を結婚相手として選んだのよ」
彩香は激しく泣いていた。朋乃も少し言い過ぎかと思ったが止められなかった。

「それからね・・・実はね、朋乃も妊娠してるの。赤ちゃんできたの!」
「えええーっ、う、うそぉ! そんなぁ・・・何で! 何であたしだけ!? こんな目に遭うの」
「朋乃はさ~、結婚しているんだから! ありうるわよ~。と~ぜんでしょっ!」
妊娠に関して、かっての朋乃が味わった“くやしい”想いを、今、彩香がしている。因果である。
「いくらケンカ中とはいえ、一応友だち同士なんだから“おめでとう”の一言ぐらいあってもいいのに・・」
と、朋乃は残念に思っていた。

<第33話終わり、34話へ続く>

テーマ:恋愛小説 - ジャンル:小説・文学

B A B Y  D O L L ~第32話~「二人目の子作り」
朋乃、爆走中。ママになると、とにかく自分の時間が無くなる。
迷ってる時間も勿体ない。鮮やかな決断力!

※この物語はフィクションです。興味のある方は、サラッと読んでみてくださいネ。


B A B Y  D O L L


~第32話~「二人目の子作り」


休日は住宅展示場を巡るのが、朋乃一家の恒例行事となった。来場するだけでプレゼントや子供用のお菓子が貰えたり、お得なこともいっぱいあるし、何より夢が広がって楽しい気持ちになるのだ。

朋乃からマイホーム購入の話を聞いた時、夫はその貯蓄額に驚いた。家計は朋乃にまかせっきりだったが、一戸建ての頭金くらいの額がしっかりとあったからだ。夫は、改めて良い奥さんをもらったと感激していた。

昔から計画好きの朋乃にしてみれば、マイホームに関しては全く予定通りのこと。独身時代からの貯金もあり、共働き時代も朋乃の給料は殆ど貯金にまわしていたし、社宅だったため家賃は安く済み、リスクの少ない株などにも運用していたので、ムリなく倹約してマイホーム資金を貯めることが出来たのだ。朋乃は、見た目は派手で貯金も無さそうに見られるのだが、実はちゃっかり貯めていたのだった。

朋乃はレンガ作りの可愛い欧風住宅に憧れイメージを固めていたが、数ヵ月後、住宅のほうも決まりつつあった。

それから、優菜ちゃんの1歳の誕生日を向かえ、朋乃は断乳を決意した。授乳回数を減らし始めると、妊娠以来止まっていた生理が復活した。久々の生理痛に懐かしさを覚えたが、同時に何だか胸がざわざわとして切ない感情も沸き起こった。
「また、生まれたての赤ちゃんを抱いてみたい」
確かに子供は2人作ろうと計画はしていたけど、まだ先でもいいかと思っていた。それは不意打ちだった。女は出産の痛みを忘れる・・とは言われるけど、朋乃は1年経った今でもけして忘れてはいなかった。なのに、“また産んでみたい”と思ってしまったのだ。本能の叫びなのだろうか? 女とは不思議な生き物である。

軽い乳腺炎になったりもしたが、何とか断乳に成功し、再び基礎体温も付けるようになった。排卵日になりそう頃、朋乃は重大な問題に気付いた。それは
「夫と性交渉を持つ気になれない・・」
と、言う思いだった。
実は妊娠以来、夫と全く性交渉をしていない。切迫流産を経験したためか、怖くてとてもそんな気持ちにはなれなかったのだ。一方、夫の方も朋乃に対して腫れ物にさわるような感じだった。

出産後も、特に朋乃の方は完全にママモードになり、子育てを手伝ってくれる以外は、夫を排除したいくらいな気分だった。
「出産後のホルモンのせいもあるだろう」
と、朋乃は自分をそう納得させていた。一方夫の方も、もともと淡白気味だったのもあり、子育てで疲れている朋乃に言い出せず、自己処理で済ます癖がついていた。

そうしてる内に一度も交渉を持てずに排卵日が過ぎ、再び生理がやって来ると、朋乃はむしょうに悲しくて悔しくて涙が溢れた。そして、一人目不妊だった日々が蘇り胸が苦しくなった。 

しかし、夫とエッチをしなければできるものもできない。夫に自分の気持ちを話し、久々にタイミングをとってみることになった。優菜ちゃんを寝かしつけ、おそるおそる夫に抱かれた。朋乃はとても緊張していたし、優菜ちゃんが起きないかヒヤヒヤして、なかなか気持ちが集中出来なかった。二人の動作もどことなくぎこちがない。夫が入ってくると
「痛っ!!」
と、思わず声を上げてしまった。バージンのように痛いのである。産後初のエッチは、早く終わってほしいと思いながら、気持ち良くなれないまま終わってしまった。


社宅の敷地内の公園で、朋乃の子供と同年代の子供を持つママさん数人が集まり歓談していた。いわゆるママ友集会であった。こういった集まりは好きではないのだが、優菜ちゃんの友だち作りのことを考えてのことだった。

その内の1人が二人目宣言をすると、自然とその話題になった。
「やはり兄弟を考えないと・・」
「気持ちはあるんだけど、作る気力がなくて・・」
等々。 正直に宣告した人を除いて、あとはお互いが探りを入れあってる感じだった。朋乃だって本音はけして言わなかった。
「既に子供が二人って感じよ。ダンナの世話でね! それで手一杯で今は未だとても二人目なんて考えられないわ!
と、冗談交じりで言った。二人目の妊娠を望むということは、一人目の時と違い、今ここに居るママさんたちをイヤでも意識しなければならなくなる。妊娠が競争でないことは分かってはいたが、お互い、気にしないふりをしながらも気にしてしまっていた。特に朋乃はこういったことは、とても気になりやすいタイプだ。


それから朋乃は、夫婦で再び産婦人科を受診した。最初に行った病院ではなく、今度は隣県の有名な不妊治療専門病院の門をくぐったのだ。夫は精子が少ないことは了承済みで、さらにお互いが子作りのタイミングを持つことを難しく感じてるので、夫婦で意見が合致したのだった。朋乃は、あまり間を開けず早めに二人目の子を出産し早く子育てを終え、社会でバリバリ働きたいと考えていたのだ。自然に任せてもなかなか出来ないだろうし、ムダに時間を浪費したくないのだ。ドクターも朋乃夫婦の面談で驚いていた。
「たしかにご主人に乏精子の所見があるとはいえ、ええーっと、現在お子さんは1歳と3ヶ月。二人目不妊と決定するのは未だ早いような気がするのだが。ええーっ、初回から体外受精を希望? 奥さんも未だ若いし、まずは人工授精からでいいのでは?」
医師の言うことはごもっともである。しかし、朋乃は自分の意見を押し通した。妊娠率の低い人工授精を繰り返すのは時間のムダであること、お金がかかっても確率の高い体外受精で早く妊娠したいのだ。それから、朋乃の年齢(20代後半)では、体外受精の妊娠率は50%を超えると言われている。これはかなりの高い確率である。

朋乃の強い意志に、とうとうドクターも折れ、再び検査をしたりして体外受精のプランをたて、早速次周期から行なうことになった。夫も採精を済ませ、精子は凍結保存をすることにした。なぜなら夫は仕事が忙しく、朋乃の都合に合わせて来院できる可能性が低いからだ。この方法の方がストレスも少ないだろうと察したのだ。

それからしばらくして、朋乃は体外受精のために通院する日々が続いた。採卵の日まで、ほぼ毎日注射を打ちに通った。同時に採卵を円滑に進めるための点鼻薬を1日に3回決まった時間に噴射しなければならなかった。忘れないように常にバッグの中にしのばせ、外出先でもキチンと投与した。内診も頻繁に行なった。妊娠前はあれほど嫌だった内診も、産後は割と平気になった。羞恥心が薄くなったのかもしれないし、母の強さも加わったのかもしれない。

通院の際は優菜ちゃんを連れていった。不妊治療専門病院で子連れはどうかと思ったのだが、今の時代、二人目不妊は珍しいことではないし、朋乃は堂々と振舞っていた。同じように子連れは2~3組は居たが、やっぱり少ないかもしれない。他の患者から白い目で見られてるような気もしたが、朋乃だって“男性不妊という立派な理由があるのだ”と、強気でいた。待合室の患者は、年齢的には30代~40代ぐらいが最も多い。朋乃は見た目の雰囲気から場違いな感じすらした。

「ココの患者たちは、皆、出産を後回しにしたツケが今回ってきたのよ!」
と、朋乃は挑発的なことを思っていた。仕事、キャリアを優先にしてきた結果、いざ子供が欲しくなったら出来にくくなっての結果だろう。
「自分は間違っていなかった」
と、朋乃は改めて思ったのだ。

そんな待合室はいつも患者でごったがえしているのだが、何とその中に朋乃と同じ社宅の人が居たのだ。彼女は“未だ二人目はいらない”なんて言ってた人だった。
「はは~ん」
と、朋乃は思い、自分もバレないように隅っこに座り、髪をひっつめダテメガネをかけた。そして、朋乃の名前が呼ばれた。が、放送で呼ばれた名前は実は全くの偽名であった。朋乃は、あらかじめ受付で偽名で呼ぶよう指示していたのだ。不妊治療はデリケートある。プライバシーを守るために偽名を使うことを許可しているのだ。もちろん、カルテの中身は本名で記してある。何ごとにも朋乃は用意周到なのであった。

ドクターは朋乃に対して、いつもニコニコと機嫌が良さそうに対応する。この病院のドクターは、患者から恐いと恐れられている。朋乃に機嫌良く対応するのは、朋乃が20代で若いからでないかと思った。ドクターが若い子に甘いタイプ・・というのではなく、体外受精も若いほど妊娠率が上がるのだ。だから、歓迎される患者ということなのだ。今日の診察も経過は順調であった。


仕事の方は、いつも昼間に実家に帰ってやっていた。なぜなら、優菜ちゃんも動き回ることが多くなり、目が離せないので、集中して仕事が出来ない。実家の母に観てもらえば、その間に仕事を片付けることが出来た。仕事の打ち合わせは、最近は会社外ですることが多くなった。もちろん子供はもう連れて行かなかった。丸山部長からランチやカフェをごちそうになることも多かった。仕事よりもちょっとしたデートのような気分になったのだ。

朋乃は、とても充実した日々を過ごしていた。子育てしながら時々仕事。しかも、それはちょっとしたデート気分にもなった。マイホームも決まり、二人目の子作りも順調だ。仕事の帰りにカルチャーセンターに寄り、子供の早期教育と自分のフィナンシャル・プランナーの資格習得の案内のパンフレットを貰って帰った。


街の歩道を歩いていると、時折下腹部辺りが重いのを感じた。そろそろ採卵日が近いのだろうと感じた。そんな時、彩香からメールが来ていた。
「大貴のことでちょっと相談したいことがあるんだけど」
朋乃はとても気になり
「今から行く」
と、返信をした。
「別れ話じゃなければ、いいのだけど・・」
と、心配をしながら朋乃は急いで彩香の家へ車を走らせた。

<第32話終わり、第33話へ続く>

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B A B Y  D O L L ~第31話~「シングルマザーの恋」
友だちが新しい世界を踏み出し、輝いていた・・
それなのに自分は毎日同じことの繰り返し。ココロはギスギスして冴えない。
だが、そんな友だちの影響を受けて、自分もイイ方向へ踏み出そうとしていた。


※この物語はフィクションです。興味のある方は、サラッと読んでみてくださいネ。


B A B Y  D O L L


~第31話~「シングルマザーの恋」


彩香は離婚してから、商店街の外れの中規模スーパーマーケットでパート従業員として働くようになった。まずは、レジの操作の勉強をしながら商品の出し入れ等の仕事から入った。同じパート従業員は殆どが主婦で、境遇も違うために彩香は馴染めずにいた。しかし男性従業員からは何かとよく話かけられた。その内の一人が、店長の息子で大貴という青年だった。年齢は26歳で、物腰ソフトで親しみやすく今どき風の青年で、お坊ちゃん育ちらしい雰囲気もあった。大貴は副店長という立場でもあった。パートの主婦達からも親しまれていた。
「その大貴! どうやって落としたのよ~」
朋乃が間一髪質問すると彩香が言った。
「今までパート主婦ばかりに囲まれていたけど、あたしは唯一独身で、しかも若いから~! 珍しかったのかもね」

しばらくすると、彩香はレジ係りを命じられた。しかし、操作は遅いし、ミスは繰り返すわで、お客たちの怒りを買い、すぐにレジ係りを外された。パートの主婦たちからも
「使えない女ね!」
「男性従業員にばかり色目をつかってさ!」
「あれで時給同じなんだからね。やってらんないわ~!」
「シングルマザーだからって、同情だけで雇ってもらっては困るよね!」 
彩香は早くも店内で孤立し始めた。

彩香がここまで話すと朋乃は突っ込みを入れた。
「あ~あ、またそうやって気を引くパターンね」
「気を引いてるつもりはないんだけど・・。でも今回はちょっと違うのよ」

それから思い余った彩香は、副店長である大貴に
「あたし、辞めます。この仕事向いてないみたい」
と、泣きついた。

再び朋乃は彩香の話に突っ込みを入れた。
「あははは・・・ちゃっかり大貴のところに行っちゃうわけね。相談なら他のおっちゃん従業員でも良さそうなのに~」

彩香に泣きつかれた大貴は、倉庫の奥まで連れて行かれた。すると、そこには練習用のレジが置いてあった。
「出来ないのなら、ココで出来るようになるまで練習しろ!! 誰だって最初から上手くは出来ないんだ。ただし覚えの良い人悪い人はある! アンタは悪い方なんだから、人一倍練習しないといけないんだよ。アンタは若いから物覚えはイイはずなんだけどな・・。50代のおばちゃんだって、一生懸命覚えたゾ。仕事を終えた後に残って自主的に練習してたんだゾ! アンタ今まで、『すぐ、出来な~い』って、男に泣きついてきたクチなんじゃないのか! アンタは可愛いから、それで男はコロッっといくだろう。図星だろ!! しかし、いつまでもそんな甘えは通用しないからな! アンタ、子供養ってる身だろ。ちょっとは頑張ってみろよ!!」
大貴は思ったよりも気骨のなる男性だった。彩香は声を殺しながら泣きじゃくったが、大貴は彩香を置いて出て行った。彩香は頭をガツンと殴られたような気分になり、わが身を反省した。それからは大貴の言う通り甘えを捨ててわが子の為に頑張って行こうと思い、仕事を終えた後もレジの練習に励んでいた。

4日ほど経って、いつものように倉庫で一人残ってレジの練習をしていると、背後に大貴が立っていた。
「おお! だいぶ上達したじゃないか! 速度も速くなったし。よし、そうだな~! 明日から店のレジに入ってもらおうかな」
彩香はホッとした。頑張ったことを認めてもらうのは嬉しかった。それからは大貴と打ち解けたように話をした。大貴は大学を中退して地元に戻ったが、毎日無気力に過ごしていたこと。そんな大貴を父親が経営するスーパーに雇ってくれたが、最初はやる気が無さそうに働いていたこと。当時の自分と彩香が重なり、彩香のことを放っておけなかったこと。パートの主婦や従業員たちから働く姿勢を学んだこと。皆、必死で生きていること。自分の甘ったれに気づいたこと・・などを話してくれた。

「パートのおばちゃんの中には、わが子の学費の為に働いてる人も居る。そのわが子もかっての自分みたいに、学校を中退するかもしれないのに。それでも必死で働いて・・。いたたまれなくなるよ・・」
「あたしもかって高校を中退したの。今やっと、ママの気持ちが分かった気がしたわ・・」
大貴は、そう言った彩香を背後から抱きしめた。そして積み上げられたダンボールの山の影に隠れるようにして、二人はキスを交わした。彩香は、大貴を恋愛の対象として意識してはいけないと、胸の中で気持ちを押さえてきたが、ここへ来てもう抑えられなくなってしまったのだ。

それから二人は付き合うようになった。休みの日を合わせてデートしたり、仕事を終えた後に少しだけ逢ったりもした。大貴は立場上時間の融通が利きやすかったのが強みであった。彩香は、今回は恋のエネルギーを仕事に生かすことを覚えた。大貴に褒められたいから頑張れるのだ。レジも上手く操作できるようになり、商品を傷めないように工夫してカゴに入れたり、お客さんへの気遣いも出来るようになった。“お客さんに喜んでもらいたい”という気持ちで、働くことの喜びを覚えたのだ。

彩香は興奮気味に朋乃に言った。
「大貴がね、今までの人と違うのはね・・・ふふふ・・エッチの時にね・・ちゃんと避妊してくれるの。もう嬉しくって、大事にされてる!・・って感じがするわ!」
「それは当然のことよ」
朋乃は冷静に答えた。
「彩香は今までよっぽど酷い男とばかり付き合ってきたのか、そんなことも人一倍嬉しく感じるのね」
密かに朋乃は思っていた。


「彩香と居ると男冥利につきる!」
そう大貴から直接言われたこともあるし、大貴が彩香が変えていっているとの自負があった。 それから大貴と彩香は子連れデートもよくするようになった。美月ちゃんが物怖じしない人懐っこい子で、大貴によく懐いたというのもあった。大貴も
「彩香と子供たちとで暮らしたら、楽しいだろうな~」
などと口走るようにもなっていった。

彩香は語りながら、うっとりと自分に酔っていた。そんな彩香に対して朋乃は言った。
「でも、まだ知り合って2ヶ月ちょっとでしょ? 今が一番盛り上がってる頃じゃない! ま、これからの行く末が楽しみだわ。うまく再婚できるといいねぇ~~」


そうこうしてるうちに彩香のママが帰ってきた。
「朋乃ちゃん、晩メシ食べて行かないか! 今からお好み焼きパーティするよん。どうせダンナは帰りが遅いんだろ。ダンナの分はお土産で持って帰って、チンして食べさせればいいよ」
朋乃は遠慮したが、彩香のママの強引さにはかなわず、ご馳走になることになった。彩香のママはホットプレートを出し、手早く手際よく準備を始め、鉄板にお好み焼きのたねと焼きソバを焼き始めた。フルーツや生野菜をカットしたものが周りに置いてあり、バイキング式で取れるようにもしていた。

朋乃は、このザックバランさを新鮮に感じた。もし朋乃だったら、お客をもてなす時は頑張って凝った料理を作り、気を使いすぎて疲れてしまうパターンだろう。彩香のママの気負いの無さが良いと感じていた。

お好み焼きが焼き上がる前に朋乃は授乳をしようとした。
「おっ、偉いねぇ~! おっぱいなんて! 彩香なんか、下の子はさっさとミルクにしちまったよ。 いや~~ミルクはラクよぉ! 一度飲んだらおとなしく何時間も寝てくれるし。人に子の面倒を押し付けられるしね。ま、子供置いて働かないといけなかったという事情もあるけどね」
実は朋乃も母乳にこだわらずミルクでいいのでは・・と思うのだが、どうも母乳育児の強迫観念から離れられないのだ。お好み焼きの美味しそうな匂いが漂うと、彩香のママは冷蔵庫から発泡酒を取り出した。
「ママ~、仕事はいいの?」
「今日は休むよ! 仕事より大事なものがあるだろ~! 今日はこうして楽しく盛り上がりたいよ。ウチは何にもないけど、楽しさだけはあるよ! 朋乃ちゃん、こんな彩香でも末永く仲良くしてやってね。ああ~! 今日はハッピーだな!! いつでも遊びに来いよな。ウチはいつでもウエルカムだから!」
それから、子供たちとも賑やかにワイワイ盛り上がった。朋乃も、彩香のママに会ったことはサプライズだったけど、お陰で楽しい気分になり、彩香の家を後にした。


チャイルドシートの優菜の可愛い寝顔を見つめながら、朋乃は呟いた。
「元気に生まれてきてくれただけでも幸せだったのにね・・」
しかし、いつの間にやら欲が出て来て、それだけでは満足出来ず、ムダに人と張り合ったりしてココロがギスギスしていた。その点、彩香は常に自然体で人とむやみに張り合ったり、ガツガツしていない。そんな彩香に癒される反面、会う度に新しい話題を提供してくれ、朋乃はいい意味でも刺激を受ける。

「育児で毎日同じことの繰り返し。あ~あ! 朋乃も何か新しいことを始めたいよぉ~!」
そんなことを考えながら運転し、家のドアを開けた矢先、朋乃はあることを閃いた。急いで家庭用金庫を開けて貯金通帳を見つめる。
「そうだ! 家を買おう!!」

<第31話終わり、第32話へ続く>

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B A B Y  D O L L ~第30話~「できちゃった婚→離婚→新しい恋人」
友だちが離婚。
さぞかし落ち込んでると思いきや、自力で立ち上がって強さを見せていた。
さらに驚いたのはその後の展開の速さ。


※この物語はフィクションです。興味のある方は、サラッと読んでみてくださいネ。


B A B Y  D O L L


~第30話~「できちゃった婚→離婚→新しい恋人」


朋乃は彩香のアパートのブザーを鳴らすと、30代後半くらいの女性が出てきた。細身で明るめの長い茶髪、ファッションはかなり若作りをしているが年齢は隠せない。その女性は彩香のママだった。

部屋へ上がって、お互いの子供をご対面させた。朋乃の子は『優菜』、彩香の第2子は『桃花』と,、お互いの子供の名前を披露した。彩香の第1子の美月ちゃんもだいぶ大きくなっていた。
「へぇ~、彩香にも女友達が居たとはねぇ~! コイツは男にばかり愛想を振りまくヤツだからねぇ。 ま、よろしくね。あ~あ、あたしは38歳でもうおばあちゃんだよ~」
彩香のママは換気扇の下で煙草をふかしながら、彩香が離婚をしてから一緒に住むようになったことなどを話した。テレビ台の下にアダルトDVDらしきものが並べられてあり、女性の部屋にこんなものが堂々と置いてあるのを朋乃は不自然に感じた。よく目を凝らして見るとパッケージのモデルが彩香のママに似ていた。
「ああ、それね、あたしが出演したDVD。まあ、副業で何本か出たんだけど、いい金になるしオイシイよね。仕事は風俗をやってるよ。現役で! ははは~! 初対面の人にそんなことを言うなんてね、驚くよね~。でも、あたしはこの仕事に誇りを持ってるからさ! ええーっ、いい年して憐れに思った? でも違うんだな、これが。ま、さすがにそろそろ年齢を誤魔化すにも限界を感じてたし年貢の収め時かなぁ~と思っていたらさぁ~はっはっは~、何と引き留められちゃって! 何でも熟女ブームらしくて結構指名が増えたのよ。オーナーからは、あまり若作りはしないでくれって! オバサン風がいいんだと。笑っちゃうよね。ま、こんなあたしでも必要とされてるんだから・・っちゅーことね」
彩香のママは早口でまくしたてるように語り、朋乃が口を挟む隙も与えない。顔立ちは整っているほうだが、肌や髪が傷み気味なせいか、くたびれて見えた。キチンとにお手入れをすれば、彩香のママはもっとキレイになりそうなのにと朋乃は思っていた。

「最近は若い男の子にモテるのよ~! そのうち彩香の彼氏を奪っちゃうかもよ~」
「や~ね~、ママ。昔、ママの彼氏を奪ったこと、まだ根に持ってるのね」
母娘で思ったことを遠慮なくポンポン言い合う姿を、朋乃は眩しく眺めていた。自分の母親とは絶対にこんな会話はしないし、恋愛の話すらしたこともない。
「あ、ちょっと、買い物行ってくるわ。積もる話もあるだろ、ゆっくりして行きな。紙おむつとかミルクとか遠慮なく使っていいからな。じゃ~」
と、彩香のママは美月ちゃんを連れて出て行った。優菜ちゃんも桃花ちゃんも段々と眠りモードに入り、朋乃と彩香の二人は会話の体勢へ入った。

「ママ、濃い~キャラで驚いたでしょ?」
朋乃は、綾さんを知ってるせいか、さほど驚かなかったが、彩香のママのことはむしろ思ったよりもイイ人だと思った。まずはお互いの近況などを語った。彩香は実は3ヶ月前には離婚しており、市から児童福祉手当てを貰って生計を立てているが、足りない分は週に5日ほど1日6時間ほどスーパーでレジのパートをしているという。朋乃はそれだけで生活出来るのか?と疑問に思っていたら、手当てを貰う為にはあまり働きすぎない方がいいのだそうだ。
「子供の病院もタダだし、超助かり~! 離婚して生活が厳しくなることを覚悟してたけど、利用できるものは利用して何とかなってるわ。ココ(市営住宅)も優先して入れてくれるし家賃も超安いの」
彩香が意外としっかりしていたのには驚いた。しかし、離婚して市の援助で何とかなるのなら、ガマンして結婚生活を続けなくてもいいのかもね・・なんて朋乃は考えた。

「そういえば思ったんだけど、彩香って割と堅気の仕事ばかりしてるよね。彩香だったらお水でも稼げそうなのにさぁ~。実はママに対して反面教師とか持ってたり~?」
「それもあるかも~。一応キャバクラとかで働いたこともあるけど、向いてなかったわ。仕事って割り切れないの。仕事で恋愛ごっこは出来ないみたいなの。ちょっと言い寄られると付き合わなきゃ・・って思っちゃうし、すぐエッチをせまられて・・断れなくて応じてしまうし。エッチしたら惚れちゃうし・・」
「堅気の仕事でも彩香はすぐに従業員とデキてしまうじゃないの」
と、朋乃は思ったが言わなかった。1つ気になったのは、エッチして惚れる・・という感情は、朋乃には理解できないと思ったのだ。朋乃は夫と丸山部長の2人としかエッチをしたことがないけど、丸山部長でさえ惚れてからエッチをしたからである。やはり朋乃は彩香とは違うんだな~と思ったのだった。
「あの・・・・ひよっとして・・・もう彼氏居たりして?・・・当たりっ?」
唐突に朋乃は質問した。
「えへへっ当たり~! でもダブってはないから~! ちゃんと離婚後に付き合った人よ」
「出会いは職場?」
「あん、何で分かっちゃうの~」
「もう分かるわよ~。彩香の行動パターンなんて!」
と、朋乃は思った。
「それにしても離婚したばかりなのに、もう次が居るとは! どうしてこうも男が途切れないのだろうか」
と、朋乃は開いた口が塞がらなかった。

「話が戻るけど、何で離婚したのよ。例の桃花ちゃんの父親がM男君でないこと・・バレちゃった?」 
「あ、それは墓場まで持っていく秘密だし、バレては無いと思うわ。だって離婚したあと、養育費を二人分払ってくれているんですもの。あたしのわがままで離婚するのだから、養育費はいいよ!・・って言ったんだけど、二人の子供には責任があるから・・って毎月6万も振り込んでくれるの」
「もうM男君ったら、お人良し過ぎ!! 自分の子の分はともかく、他所のタネで作った子の分まで払うなんて!」
朋乃は口に出しては言わなかったが、怒りに似た感情が胸の奥で沸き起こった。
「桃花が出来てからね、何故だかケンカが絶えなくなってしまったの。パパは美月のことはとっても可愛いがるんだけど、『桃花はあまり可愛く思えない』ってよく言っていたわ。 桃花は美月よりも手がかかって夜泣きもひどいし、1度泣くとしばらくはおさまらない。あまり怒らないパパが、いつもイライラするようになって、ひどい時は桃花を叩いたりもしていたの。あたしが止めたら『オマエの育て方が悪い』って責められてまたケンカ。パパは育児はあたしに任せっきりのクセに・・」
そう聞いた朋乃は密かに思っていた。
「M男君は本能的に遺伝子が違うことを感じてるのではないか。それが無意識に嫌悪感へ発展させるのではないか」

彩香は話を続けた。
「それから今度は、パパが仕事を辞めたいって言い出したの。ファミレスの調理係だけで終わりたくないんだって! シェフになりたい夢があるんだって! そのためにちゃんとしたレストランで修行がしたいらしいの。そしたら給料も減るし、朝から晩まで働いて休みも殆どないらしい。パパは『あたしたち家族を幸せにする』って約束して結婚したのに。これじゃ、話が違うじゃんって思ってまたケンカ・・」
「ねえさぁ、夫婦ってもんはお互いを支えあうものでもあるし、旦那の夢を妻が支えるってカタチもあるんじゃない。愛しているなら夫婦で力を合わせて旦那の夢を応援できるんじゃないの。そりゃ~成功するまでは生活も苦しくて大変かもしれないけど、成功したらアナタ! すんごいセレブな奥さんになれたかもしれないのよ~」
「ええーっ、あたし別にセレブなんか望んでないわ。平凡でも家族を大事にするようなパパの方がいいし、温かい家庭がほしかっただけなの。支えるなんて・・・あたしにはムリ、できないわ~」
「こりゃ~もう、二人の価値観のズレだわね~」
「あたしには結婚が向いてなかったのよ。実は桃花のこととかで嘘をつきながら生きるのが辛かったわ。ケンカばかりも辛い。正直別れてホッとした・・。別れてからは桃花の疳の虫もだいぶおさまったのよ」
そういえばどことなく彩香の顔がスッキリしていると朋乃は感じていた。肌にもツヤとハリがあって、以前よりもキレイにもなったと思った。それは新しい恋の影響なんだろうかとも勘ぐった。
「・・で、今度の恋の相手はどんな人? また不倫とか?」
「ふふふ~。それがね、今までと違ってね、すごい真面目で素敵な人なの。不倫じゃないわよ! もしかしたらね・・・ふふふ・・・再婚するかもしれないわ!!」
そう言われても朋乃はとても冷静だった。
「恋愛ボケで頭が可笑しいのかしら! 誰が子供2人付きのアバズレなアンタと結婚なんかするのよ」
と、思っていた。
「すごく真面目な恋なのよ! あたしはさぁ~、ホラ子供2人居るから結婚はムリだよ~みたいに思ってるんだけどね。彼がね、あたしの子供をすんごく可愛がってくれて、よく子連れデートもするのよ。あたしのことも大事に想ってくれているの」
「へぇ~、ホントに今までの人とは違う感じなのね~」
と、朋乃は関心していたが、彩香はどんどん饒舌になっていった。

<第30話終わり、第31話へ続く>

テーマ:恋愛小説 - ジャンル:小説・文学





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